私が上海で暮らすことになったのは、婚約者の転勤がきっかけでした。この話を聞いたときは「ラッキー!」と思い、なんの迷いもなく一緒に上海へ行くことを決めました。かなり突然のことだったので、そのときの勤務先にはとても迷惑をかけてしまったことと思います。でも、いま私がここにいるのは、その前職のアパレルメーカーでのデザイナー経験が深く関係しています。
上海への引っ越し
中国・上海で暮らし始めて、あっという間に4カ月がたちました。ここに来た頃は真冬の寒さが厳しく、外に出ればどこもかしこも足元はムートンブーツ、ロングダウンコートに身を包んだ人たちで溢れていました。冬の冷たく透き通った空気の中でも、人々の声がいつも賑やかで温かく、私の瞳にはとても魅力的な街に映ったことを覚えています。
それが最近ではすっかり心地良い気候になりました。上海ニーズの友人たちは、いまが上海で最も素晴らしい季節だといいます。街の露店には色とりどりのみずみずしいフルーツが並んでいて、眺めるだけでもハッピーな気分になります。もちろん、食べたらさらにハッピーで、私のお気に入りはヤマモモとライチ。これは絶品です。日本では冷凍のライチしか食べたことがなかった私は、あの表面のボコボコした皮が本当は鮮やかなミネラルグリーンであったことに驚きました。
いま私が上海にいるのは、その前職のアパレルメーカーでのデザイナー経験が深く関係しています。
というのも、エシカルファッションについて何か自分にできることはないかと、いままでいろいろ考えてきました。けれど、追求すればするほどキリがなく、どこから手をつければいいのか分からない。ずっとその状態から抜け出せずにいました。まして、私の仕事は大量生産のファストファッション。対極の位置にいるような気がして、自分の目指す場所からはほど遠い気がしていました。
けれどいつの頃からか、「まずは現場を知らなければ、何がエシカルで何がそうでないのかを判断することはできないのでは?」と思うようになりました。とにかくこの目で現場を見て、自分の思うエシカルファッションを探そうと思いました。ラッキーなことに、縁あって某商社にデザイナーとして採用いただき、こちらでも仕事を続けています。そのおかげで上海近郊・各地の工場や広州の巨大市場などを訪ねる機会を得られ、よりリアルに現場を見られるようになりました。
矛盾のカオス、価値観フィルター
上海での日々の生活の中で、またより現場に近い距離になって思うこと――それは、常に多種多様な「価値観」と「矛盾」がミックスされている、ということです。こちらでの生活は、いままで以上に「自分はどんな価値観で、何をどう選択していくのか」ということを常に考えていないと、どんどん流れに飲み込まれて自分の価値観判断フィルターが壊れてしまいそうになります。
そうなってしまうのも、中国という国の「凄さ」が背景にあると日々実感します。特に、人口の多さがこれほどまでにパワーを発揮するものとは、いままで想像するだけでは分からなかったことでした。
例えば、実際に生活していると日本以上にモノの価値が曖昧だということを強く感じます。上海はいまものすごいバブルで、お金持ちはホントにビックリするぐらいお金持ちなのです。しかも、中国の人口1%だけが超スーパーお金持ちだったとしても、それは東京都民全員がお金持ちと同じ人数になるのです。そういう人々が住んでいるエリアは、スーパーで食品を買うも、洋服を買うも、レストランで食事するも、日本以上に高いです。
そうかと思えば、すぐ隣ではローカルの人たちが道端で野菜など(この季節になって麦わら帽子の露店が目立ってきました)を売って賑やかに暮らしているのです。そこにある食堂での食事代は日本の1/5くらいです(ランチは¥200くらいでお腹いっぱい食べられます。かなり多いです)。私たち外国人は、そのどちらも利用できます。両方試した結果、料理の味はそんなに変わらない気がしました。むしろ私の場合、ローカルチャイナフードの方がおいしいと感じることがほとんどです。
これは一例にすぎませんが、さまざまな価値観と矛盾が街中で複雑にミックスされているのです。その複雑さからこの街は独特な雰囲気を醸し出しているのだと思います。最近はこの雰囲気に神秘すら感じるようになってきました。
ニセモノ市場
特に、私が「価値観」の意味を考えさせられて衝撃的だったのは、製品卸市場です。韓国の東大門市場をもっとディープにした感じ……というとイメージしやすいでしょうか? そのエリアでは何件かのビルが建ち並び、ビルの中がすべて洋服で溢れています。こういうところで、いわゆる「ニセモノ」がたくさん売られています(こういうところでなくても売られていますが、路面店などの小売業者も、ここへ仕入れにきます)。
それぞれのお店は、たいていつながりの深い工場があり、そこで生産したものを卸価格で仕入れます。以前までは卸専門のお店も多かったそうですが、最近では小売もしてくれるようになりました。ビルの中にフードコートもできて、土日は家族連れも大勢訪れ、市民のショッピングセンターのようになっています。
そこで実際にどんなものが売られているのかというと、誰が見ても「ニセモノ」と分かるものもあれば、一見本物かと疑うような超スーパーコピー商品もあります。多めに生産した工場在庫(これは本物)、中にはコレクションのブランドのサンプル品やB品なんかも売られているのです。
倫理を超える道理
こうなってくると、何が本物で何が「ニセモノ」なのか……。私はその光景を初めて見たとき唖然としました。でもそこで俯瞰して周りの様子を観察していると、いろんなことに気がつきます。「ニセモノ」を求めて買い物に来る人もいれば、元々ブランドを知らないで、単純に見て気に入って買っていく人もいるのです。
「ニセモノ」を作る工場も販売する人も、それが需要として確かに存在してしまっているから生産して売っているのです。工場在庫やB品を勝手に販売してしまうのも、捨てるより利益を生み、無駄ではないと思います。そこには良くも悪くも、モラルや法律で抑えきれぬ「パワー」を感じました。
6月1日、中国元と日本円の直接取引が開始されました。この変化の時に日本人として中国に住んでいることに、不思議な縁を感じています。今後ますます変貌するであろうこの街は、よりいっそう複雑な矛盾を見せつけてくれるかもしれません。それらを私なりの視点でたくさんの方々に伝えたいと思います。そして、みなさんがそれぞれ何か感じ取っていただけたら嬉しいです。未来あるエシカルファッションに出会えますように。