テクノロジーがファッションに革命を起こしている……と、いわれて久しい。3Dプリンティングはものづくりの新しい手法として注目を集め、クラウドファンディングは資金調達を変えたといわれる。新しいファッション系アプリも次々登場し、身に着けるものがデジタルデバイスとなる「ウェアラブルデバイス」も増えた。
しかし、「まだまだファッションとテクノロジーは分断されている。もっと混ざりあったらおもしろいものが生まれるはず」とはITジャーナリスト・林信行の言。
2016年11月。時を同じくして、【ファッション×テクノロジー】をテーマにしたイベントが2つ開催された。テクノロジー側から考える「FashionTech Talks Tokyo #2」と、ファッション側から考える「第1回 みらいファッションラボ」だ。これらイベントで紹介された事例を基に、あらためてファッションとテクノロジーの現状を整理しながら、これからの【ファッション×テクノロジー】のあり方を探っていく。
→【第1回】 表現(クリエーション)のためのテクノロジー
→【第3回】 出会いの場をつくるテクノロジー
→【第4回】テクノロジーを支えるテクノロジー
FashionTech Talks Tokyo #2 | 第1回 みらいファッションラボ | |
日時 | 2016.11.24 17:00〜 | 2016.11.25 16:00〜 |
主催 | NHN テコラス株式会社、株式会社ライフスタイルデザイン | ifs未来研究所、三越伊勢丹HD |
趣旨 | ファッション×テクノロジーのトレンドを追いかけるエンジニアをつなぎ、イノベーションを加速させるための議論の場を作る目的。登壇者は技術テーマに沿った事例や開発経験などを紹介する。 | 「デジタルは、ファッションを幸福にできるか。」についてトークする。 |
登壇者 | 山本圭(グーグル株式会社パートナービジネスマネージャー)、武部雄一(カラフル・ボード株式会社CTO)、相田哲宏(同リードエンジニア)、吉井伸一郎(サイジニア株式会社代表取締役CEO) | 林信行(ITジャーナリスト兼コンサルタント)、市川渚(ファッションコンサルタント)、孫泰蔵(Mistletoe株式会社代表取締役社長)、金森香(「THEATRE PRODUCTS」プロデューサー) |
(=敬称略)
2つのイベントで紹介されたファッション×テクノロジーの関わりの事例は、大きく3つに分類できる。
前回は、その1つ「表現(クリエーション)のためのテクノロジー」について事例をまとめながら、指摘された課題などを紹介した。
引き続き今回は、「ビジネスのためのテクノロジー」について、挙げられた事例をまとめていこう。
2. ビジネスのためのテクノロジー
パーソナルな体験を実現するテクノロジー
ファッションは表現でありながら、ビジネスでもある。創造性豊かなファッション・クリエーションを実現するためにも、しっかり売ることは欠かせない。
限られた市場の中で顧客を獲得していくうえで、テクノロジーが可能性を切り開いているのが「One to Oneマーケティング」だ。インターネットやアプリに集積されたユーザーの購入履歴や興味関心などのデータを基に、個別のユーザーに応じた提案を行うことが可能になってきた。
FashionTech Talksでは、サイジニア株式会社CEOの吉井伸一郎が、消費者の購買履歴に基づいたレコメンデーション・サービスを紹介した。
同社は、ECサイトや通販で発送した商品に同梱する明細書やチラシ上に、一人ひとり異なる「おすすめ商品」を自動で生成して印刷する、「おすすめ商品カタログ」を印刷するサービスを2014年から提供している。
これは同社が開発した、複雑ネットワーク理論を活用したレコメンデーションエンジン「デクワス」の技術を生かしたもの。
「デクワス」は、購入者と類似の行動をとる他者の行動履歴を分析して傾向を予測。さらに顧客の過去の購入履歴やサイト閲覧履歴の分析結果と掛け合わせ、一人ひとりの嗜好に合う確率の高い商品を抽出する。
これにより、手元に届いたばかりの商品と一緒に使ったり、組み合わせたりした場合に似合う商品を、個々のユーザーの嗜好に合わせて「おすすめ商品カタログ」として掲載。明細書等へ出力し、商品とともに発送する。
商品が届いて気分の高まっている状態の顧客にリーチでき、さらにすぐ届いた商品との組み合わせを考えることができてワクワク感が増すという強みがあり、30日以内の再購入率倍増・平均単価が10%UPした例も。
さらに吉井は、この取り組みをもっとリアルタイムで実現したいと、実店舗への導入も進めているという。
店頭で購入した商品に関連して一人ひとり異なる「おすすめ商品」を、POS連動で自動生成。レシートやカタログ、チラシとしてオンデマンドで印刷して手渡す。印刷は、商品を包装している間に終わる。
印刷されたチラシの商品にはバーコードがついており、ユーザーは気に入った商品をそのままECで購入することができる。それぞれのチラシ内容は全て記録として保管されているため、従来のチラシではできなかったコンバージョンの計測も可能に。
一覧性や保存性が優れている紙だが、効果計測が難しいという弱点があった。このしくみは紙の弱点を克服させ、紙とデジタルを融合し、より質の高い提案を可能にした。
こうした「あなたのために」という、パーソナライズされた体験は、PR活動を効率化するだけでなく、購入の動機に十分なりうる。
パーソナルなアイテムを実現するテクノロジー
「あなたのために」という気持ちのこめられたサービスは嬉しい。そして、「あなたのために作られたもの」というのは、いっそう特別な響きを持つものだ。
その人だけのアイテムを作る「カスタマイズ」は、テクノロジーの進歩により、いまめまぐるしく増えている。
代表例は、「NIKEiD(ナイキ・アイディー)」 だろう。ギア等を選んでカスタマイズできる人気のオンラインサービスだ。パーツごとにカラーや素材を選ぶだけでなく、自分だけのパーソナルiD(PiD)を付けることができる。
「みらいファッションラボ」で、ITジャーナリスト・林信行が言及したのは、デザイナー・天津優が手掛ける「HANAE MORI MANUSCRIT*(ハナエモリ マニュスクリ)」の例。同ブランドは2015年9月に、伊勢丹新宿店でポップアップショップをオープン。独自開発したアプリを用いて、セミオーダーサービス「Digital Couture」の受注を行った。
店頭にあるiPadを操作し、データ化されたオリジナルプリントとパターンを自由に組み合わせて注文すると、1カ月半後には世界に1つだけのアイテムが手元へ届くというものだ。
スーツなど、インターネットを通じたセミオーダー品の販売は続々登場。また、3Dプリンティングを活用したカスタマイズ・アイテムの例は、枚挙にいとまがない。
こうしたパーソナライズされたアイテムは、顧客に特別な体験を与えるだけでなく、メーカーにとっても、将来的により効率的な生産管理を可能にするものでもある。
形は同じでも色、サイズの違いで売れない品が出たり、天候で販売状況が一変したりするのがアパレル在庫。売れるかどうか読めない服の生産と、セールでの在庫のたたき売りが不要になり、コストを大幅に削減できる。
技術が進歩すれば、古くからメーカーを悩ませてきたこの問題に、光明が差し込む可能性も高まるのだ。
さて、服を売るためには「場所」が必要だ。次回は、服と消費者が出会うための「場」を作っているテクノロジーについて整理していく。
コメントを投稿するにはログインしてください。