乳房切除術――部分的ないし全部の乳房を切除することで、乳房内のがんの病巣を取り除くことが乳がんの手術。近年はできる限り小さく切除して、乳房を残す「温存」や、かたちを取り戻す「再建」を合わせて選ぶ人も増えてきた。しかし、乳房切除術は、体だけでなく心にも傷痕を残す。
一昔前に比べたら、傷痕もほとんど目立たないことも多い。とはいえ、切除する場所や範囲によっては、変形や傷が気になるケースも少なくはない。
2013年、アメリカで生まれたNPO・P.ink(ピンク)は、乳房切除術を行った女性たちに、「温存」でも「再建」でもない第3の選択肢を提供する。それは、タトゥー。P.inkの設立者、Noel Franusさんに、P.inkの活動について尋ねた。
(※写真の一部には、過激と感じる恐れのある表現が含まれています。)
―― 乳がんの傷痕をタトゥーでカバーすることを思いついたのは、どういった経緯があったのですか?
僕の義理の姉妹、Mollyがある日、家族に告白したのです。乳がんと診断され、両乳腺切除を受けること。その際、乳頭も失うことを話してくれました。
主治医は、乳頭のように見える桃色の丸いタトゥーをして、「それっぽく」見せることは可能だと言ったそうです。しかしMollyは、そんな上辺だけの解決策には納得していませんでした。彼女は、ちゃんと信じられる方法が欲しかったのです。
そこで、私たち家族に、もっとステキなタトゥーのアイディアはないか相談してくれました。しかし調べると、乳がんの手術痕に対するデザインなんてものはありませんでした。タトゥーのデザイン帳にももちろんありません。ヘルスケアとタトゥーは、別世界の異物どうしだったのです。
私は、それを変えたいと思いました。タトゥーをより親しみやすいものにし、乳がんを戦い抜いた人たちに、有効な選択肢として提供できるようにしたいと思ったのです。
―― 実際にタトゥーをしてもらった方々はどんな感想を持たれますか?
みなさんそれぞれいろんな反応をされます。多くの方は、目を輝かせます。欠けたように感じていた自分の体を満たす、「確かなもの」を見つけたような感覚を得てくださっているようです。そして自分の体との新しい付き合い方を見つけてくださっているようです。
よくおっしゃっていただくのは、鏡との関係性が変わった、ということです。もちろん、手術によって自分が醜くなったわけじゃないと、みなさん分かっていらっしゃいます。それでも、鏡を見るのには、勇気がいるのだと思います。「タトゥーをしてからは、鏡を見るのが楽しみになった」とおっしゃる方は少なくありません。むしろ、服を脱いで見せびらかしたいほどとも言ってくださいます。
―― 2013年に設立をしました。どのように活動を広げてきましたか?
僕は、広告代理店で働いていたのですが、同僚たちとソーシャルネットワーキング・サービス「Pinterest」でデザインを発表して、P.inkの活動を始めました。美しいデザイン案といっしょに、乳房切除術の人にタトゥーをした経験があるアーティストのリストも公表して、ソーシャルメディアを通じて、活動を広げていきました。
2013年には、初めての「P.ink Day」を開催しました。世界レベルで活躍する優れた腕前のタトゥーアーティストと、ニューヨークで乳がんの手術をした方、それぞれ10名ずつ集めて、タトゥーをみんなでしたんです。すごく力強い日でした。
2014年は、アメリカ全国・12カ所で開催して、37名のアーティストと、38人の方にタトゥーをしました。「P.ink Day」は、毎年10月10日に行う定例イベントになっています。また基金を作り、10月10日以外にも希望者がタトゥーできるよう、募金を募っています。
―― デジタルをうまく活用しているのですね。
2014年の秋には、iPhone用のアプリケーション「Inkspiration」をリリースしました。バーチャルで試しにタトゥーをしてみるアプリです。タトゥーはまだまだ「怖い」イメージがあります。傷痕にタトゥーをするというアイディアには納得していても、実際にするには勇気がいることです。そこで、気軽に試しながら、やる気になったら簡単にアーティストに依頼できるようなしくみになっています。もちろん、このアプリから募金もできます。
―― これからの予定や夢を教えてください。
私たちは、これまで十分なケアを受けられていないと感じていた人々に、新しい選択肢を提供してきました。多くの方は、切除したことで病巣がなくなれば、全て解決だと思っているかもしれません。しかし、見えぬところで苦しんでいる人たちはいるのです。そしてその声は、現状のヘルスケアでは解決できません。そこに切り込んでいきたいと思っています。力強くて、クリエイティブな方法で解決をしていきたいと思います。
いずれは、乳がんにかぎらず、いろんな個人的なトラウマを乗り越えるためのツールとして、タトゥーを提案していきたいと思っています。そのためのパートナーも探しているところです。
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