【連載】過去・未来・空間……全てをつなげる araisaraインタビュー【全3回】

「全ては繋がる一つの時」 araisara interview #01

A Picture of $name HITOMI ITO 2012. 4. 11

【デザイナー:荒井沙羅】
中国北京出身。1997年中国でデザイナーデビュー後、日本に活動の拠点を移す。2008年新しい視点から東洋の伝統文化とファッションの繋がりを表現するプレタポルテライン「araisara」を立ち上げ、09-10 A/W より東京JFWにてコレクション発表。13SSからはパリコレクションに発表の舞台を移す。ブランドのコンセプトは『古き良きものを現代にそして未来へ……』。

新しい視点から伝統文化とファッションのつながりを表現し、いまの社会にファッションを通して夢を届け、未来の社会にファッションを通して文化を残したいと話す。

「時」―toki―










現在は点
過去は線
未来は形
点からなる線
線からなる形

点がなくては線ができず
線がなくては形ができず

点となる時
線となる時
形となる時

全ては繋がる一つの時

日々過ごす一瞬一瞬の時が一つ一つの点を描き、線となり、そして未来のかたちをつくるということ。歳月が経ったいまも、冒頭のこのテーマを見るたび、日々目の前に現れる全ての物事を一つ一つの点として、丁寧に描いていく気持ちになります。

5年前、1人の常連のお客さまが一枚の手ぬぐいを目白の店に持って来たのがきっかけで、私は日本の伝統工芸の染め物「宮染め」と出合いました。そして新しい視点から伝統文化とファッションの繋がりを表現するブランド「araisara」を立ち上げ、東京コレクションに出展することになりました。

栃木県宇都宮市にある伝統工芸宮染めの染工場に行ったときの風景が、いまでも映画のように鮮明な映像として目の裏に映ります。初めてお会いした80歳を超える宮染めの職人さんは、江戸時代から伝わる宮染めの染技法を守り、時間をかけて宮染めの生地を作っておられました。田川の水を汲み上げて何度も洗い、自然の太陽と自然の風で乾燥させるという昔ながらの手法通りに、手間暇をかけて丁寧に仕上げておられました。

大空の下、日差しの中で15メートルの長さの、色とりどりの宮染めの生地が、一面に広がって自然の風に吹かれていました。優雅な生地の踊り舞台を見ているような感覚になる、それはそれはとても美しい景色でした。そして自然に吹かれて色が変わっていく生地の温かな風合いに触れたとき、職人さんの魂を感じて、感動の涙が溢れたのでした。

宮染めは手拭いと浴衣に使われるだけ。需要がほとんどなく、後継ぎは当然いない。なんとかきりもりして技術だけは保っているが、この染め物は自分の代で幻になる ――職人さんはそう話してくれました。

昔は宇都宮といえば宮染めという時代があったが、いまは宇都宮といえば餃子になった。地元の人さえも宮染めのことを知らないから、なくなるのは仕方ないよ

そう言いながら、黙って ――心に生地を洗っていたのでした。その姿を見て、今度は心に涙が流れました。

服作りをしながら、職人さんが丁寧に時間をかけて作ったものが、だんだんなくなりつつあることはずっと感じていました。宮染めだけではなく、昔から伝わる多くの素晴らしい伝統技術がなくなりつつあることは、誰もが感じていることでしょう。しかしこの日、「もったいないですね」と済ませてしまっていることがなによりも、素晴らしい技術がなくなり文化も育ただないことにつながっていると実感したのでした。

宇都宮からの帰りの電車中で、これ以上「もったいないですね」で済ませないことを心に決めました。服づくりを通して、伝統技術と東洋の風景、自然、文化、心などを世界に向けて発信し、より多くの人々に届けようと心に誓いました。またこの日は、古き良きものを現代、そして未来へ継承するには、守るべきものと進化させるべきものがあると心で感じた日でもあります。

初めての取り組み。さまざまな困難がありましたが、職人さんの方もだんだん協力的になり、従来の型とは違うサイズを研究してくれたりして、「araisara」の服ができ上がりました。世界で類を見ない日本独自な技術・宮染めの技法を生かして「araisara」独自の色や柄、形を生みだし、繊細なパターンと着心地の良さにこだわり、服を作っています。

そして2009年3月、「araisara」は宮染めを使用した作品で東京コレクション(JFW)にデビューしました。「良かったよ」、「心にグッと来た」、「ただモデルが歩いているだけなのに、なぜか涙が溢れた」などなど、皆さまからの嬉しいお言葉はいまも思い出すたび、励みになります。職人さんやスタッフといっしょにがんばった日々……たくさんの点がいま、「araisara」の線となり、形となっています。

古き良きものを現代ファッションに取り入れて、服作りを通して職人の技とその心を世界の人々に届けていくことが私の使命だと感じています。嬉しいことに、「araisara」の取り組みを始めてから、地元の学校で宮染めの授業を始め、職人さんの染工場に何人か弟子が入り、若者の工場見学も増えているそうです。現在も、新たなかたちが未来に繋がるように、毎日点を一つずつ丁寧になぞりながら、全力で奮闘しています。

この記事を読んでくださったこの瞬間が、皆さまにとって新たな一つの点となり、皆さまによってそれぞれ新たな線となり、いつか社会にとって有意義なかたちになることを祈っています。

宮染め(みやぞめ)

伝統工芸「宮染め」の由来は江戸末期の頃、真岡木綿(現在の真岡市で織られた木綿地)が盛んになり、その木綿地を染めるために田川沿いに染物職人が集まり袢天などを染めるようになったのが始まりです。

その後、注染(ちゅうせん)という技法が生まれ、浴衣や手ぬぐいを一枚ずつ丁寧に染め上げていくようになりました。宇都宮に流れる田川を中心に栄えた染物を総じて「宮染め」と呼びます。

表裏なく、裏も美しく見せる。天気の良い日の自然による乾燥方法で仕上げ、布の繊維がつぶれず、風通しが良く、最高な着心地。洗濯回数と時を増すことに風合いが変わり、その人によってかもしだされる味わいと雰囲気を楽しめます。

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