ネイルを彩るだけで認知症の症状が改善?! ネイルが持つ「認知症」への可能性の学術的検証に成功した吉備国際大学保健医療福祉学部・佐藤三矢准教授の研究が、広がりを見せている。
全国に拠点が広がり、今年から各所で検証が進められているという。
2017年9月。東京都三鷹市の老人保健施設で検証が行われると聞き、その現場を訪ねてみた。ネイリスト、施設のスタッフや高齢者本人たちは、どのように受け止めているのだろうか?
QOL……生きがいや幸福感を含めた「生活の質」を計る基準として用いられる考え方。身心の健康、良好な人間関係、やりがいのある仕事、住環境、十分な教育など、さまざまな観点から計られ、精神医学や心理学の分野では、客観的に点数(QOL-D)で表すことができる。今回の研究ではMMSEを使用して認知症の度合いを見ている。
徐々に秋の匂いが溢れてきた9月半ばの某日。東京都三鷹市の老人保健施設、三鷹中央リハケアセンターに、若い女性ネイリストたちが続々と集まってきた。
彼女たちを率いるのは、ピカソウ株式会社の緒方紀也代表取締役社長。緒方さんたちが取り組むのは、「ネイルが認知症高齢者に与えるQOLへの影響」についての検証だ。
東京でネイリストの派遣事業などを行う緒方さんは、ネイルが認知症を改善する可能性があることを実証した、吉備国際大学の佐藤三矢准教授らの研究に共感し、東京での検証を名乗り出た。
本格始動したばかりの本研究では、トライアルとして認知症の症状を見せる高齢者に対し、まず、2週間ごと合計4回、2カ月にわたってネイルを彩る介入をする。
1カ月ごとにQOLを計測するだけでなく、介入終了後、ネイルをオフした後の2カ月間のQOLも計測。その推移も見る。
緒方さんは、中央線沿線にある約20の支援施設に掛け合い、現在は応じてくれた3つの施設で検証を進める。
同センターの事務長・田中今朝壽さんは、受け入れの経緯について次のように話す。
以前私が勤めていた老人保健施設で、年に1度学生が来て、ネイルをやってくれていたんです。すると高齢者女性たちがすごく喜ぶんですよ。その表情を見て「なにかあるかもしれない」という思いがあったので、検証に協力してみようと思いました。このデータは将来、すごく重要になると思います。
この日は、高齢者17名に3回目の施術を行う日。前回2回目の介入時のQOLの計測結果の分かる日でもある。
各検証に参加するネイリストは、みな、緒方さんの呼びかけで集まったボランティア。「『おばあちゃんたちと触れ合いたい』と、手を挙げてくれた人たち」だという。
この日は、6名の施術者に2名のサポーターという体制。うち4名は、8月の初回から継続して検証に参加しており、「以前施術したおばあちゃんたちに会えるのが楽しみ」と話す。
ネイリストたちの下に、車椅子に乗った女性たちがやってくると、早速介入が始まる。女性たちには、8色ある中から好きな色を1つ選んでもらい、単色で仕上げていく。
認知症があるにもかかわらず、「やっぱり、爪がキレイだと嬉しいわね」「今日は何色にしようか考えていたのよ」と、みな嬉しそうに入ってくる。
鮮やかな赤色がこの日は人気。
○○さんがやっているのを見て、『ステキね、私も同じのにしてもいい?』って聞いたら、『良いですよ』って言ってくださったから、今日は○○さんの色にするの。
と、話す女性も。ネイルをきっかけに、「周囲とのいきいきとした交流」が生まれているのも、嬉しい兆しといえそうだ。
また、大きな可能性を感じる話もこの日は聞かれた。センタースタッフのMさんは、手術後すぐだという高齢者女性・Dさんについてこう話す。
Dさんは、2回めの施術の後、慢性硬膜下血腫で入院し、開頭手術をしたんです。幸い、10日ほどで退院されて、今日も参加しているんですが、術後の認知症テストを見ると、点数が上がっているんです。
会話が噛み合わないなどの認知症症状を見せているというDさんは、以前行った認知症のテスト(※長谷川式認知症スケールでの計測)で、17点を計測。しかしその後自宅の階段で転んで入院。その際のテストでは、12点に下がっていたという。
今回の入院では大掛かりな手術まで行ったため、スタッフも「さらに点数が下がる」と予想していたという。しかし……。
センターに帰ってきてテストをしたら、以前の17点に戻っているんです。しかも、看護師さんに様子を聞くと、「コミュニケーションの反応が良くなったね」と、おっしゃるんです。脚力などの日常生活動作も変わらないですし、びっくりしました。だいたいの方が、怪我や入院されると数値が下がります。入院したとき、ネイルが塗りっぱなしだったんですけど、病院の部屋ではすることがありません。実は、ご家族いわく病室で、何度も手を眺めていたそうです。
もちろん、まだ本当にネイルの効果かどうか、確かなことはいえない段階だ。しかしもしそうなら、認知症介護の現場に大きな希望が差し込むような話だ。
ほかにもスタッフから、「ふだん荒々しい口調の方の態度が柔らかくなってきた」といった報告も、この日は聞かれた。
ほかにも、左上肢に麻痺のあるご利用者さまが、左手を上げてネイルを見せようとすることもありました。思わぬリハビリができます。
認知症症状の改善は、介護者の負担を軽減させるのに大いに役立つ。施設スタッフのAさんは、介入間の高齢者の様子について、次のように話す。
ネイルをしてもらったその日は調子が良くても、2週間ずっと良い調子でいられるかというと、決してそうではありません。でも、『もしかしたら……』という可能性を予感する変化は少しですが、感じています。まだ分からないという段階ですが、これからの研究に期待したいです。
話を聞いた緒方さんも、「もっと検証を進めたい」と、いっそうの意欲を示す。
初回の検証から参加するネイリストのナナさんは、高齢者女性たちの「成長」にも目を見張る。
初めてのときはみなさん緊張されていて、LEDランプの下に手を置くのも恐る恐るでしたし、色も控えめなのを選ばれていました。でも慣れてきて、鮮やかな色に挑戦されるようになって、私たちも嬉しいです。
しかし、中には「もうやらない」と、オフするだけの女性や、「今日はイヤだ」といって、参加しなかったりする高齢者も。
また、その日の気分に左右されるだけではない。認知症ゆえの難しさもある。
Cさんは、「主人に怒られたからもうやらない」と、この日はネイルを落とすだけの施術となった。しかし、実際はCさんにはご主人はいない。
「主人に、みっともない、やめなさいって、怒られたんです」と、しきりに繰り返すCさんについて、スタッフは、「きっと、過去にそういう経験があったのかもしれませんね」と、見守る。
初回時には15名いた評価対象者だが、今回で11人となった。「検証には、なるべく全員に継続して施術を受けてもらいたいのが本音」と、緒方さんは話す。
当初から10人は最後まで継続してもらえたらと思っていましたが、すでに4人の脱落者が出てしまったことは少し残念。しかし、体調などのことを考えると減るのはやむを得ません。
男性としては、「美しくなったときの感動が理解できるかといえば違う」と話す緒方さんだが、「美しくなる」パワーには絶対的な信頼を寄せる。
私自身、2歳から88歳の女性にネイルをしてきましたが、色を選んだり、仕上がりを待つ表情や完成した後の反応や言動は、100%誰もが同じ。今回の研究でも、少女のような笑顔を見せながら色を選び、昔話をしてくれたり、はしゃぎながら仕上がりを待ったりする姿が印象的でした。
こうした笑顔を目の当たりにして、この研究を通じてネイルというものは女性を美しく、明るく、笑顔にするだけでなく、言動や行動をも前向きにし、人を幸せにするすごい力を持っていることを知りました。なにも分からずに飛び込んだ世界ですが、この仕事に出会えたことに本当に感謝しています。
佐藤准教授も現在の状況について次のように話す。
現在、全国24施設、150名以上を対象に行っているトライアルは、実験的な意味を込めて、先行研究とは少しやり方を変えています。今回のトライアルが全て終わり、新たな結果が出たとき、ネイル・カラーリングが認知症高齢者に対してどのような影響を与えるのかの新しい知見が得られ、研究がまた一歩前進するものと大いに期待しています。このように、全国の有志のネイリスト仲間が増えてとても心強く嬉しいです。今後もみんなで協力して、全国を股にかけてデータをとり、ネイル・カラーリングが認知症予防・治療につながるということをクリアにし、発信していきたいです。
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