H.P.FRANCE所属のバイヤーとして、「destination Tokyo」「goldie H.P.FRANCE」「TIME&EFFORT」などのセレクトを手がけて牽引してきた鎌倉泰子さんが、気になるブランドを訪問。その魅力やものづくりに迫ります。
今回お話を伺ったのは、香川県東がかわ市で猪の革を使ったアイテムを作る「五色の里」の西尾和良さん。「GOMYO LEATHER」と名づけられたこのブランドは、害獣として駆除された猪の皮を使っています。
害獣駆除と聞くと、ネガティブなイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかし、こうした事態が生まれたのも、人と動物たちが共存するうえで欠かせない里山や森林の「手入れ」が足りなくなったからだと西尾さんは話します。
「森林伐採は良くない」「豊かな緑を守ろう、増やそう」という声も大きい昨今。見逃している大切なことを、西尾さんに教えていただきました。
「五色の里」と、里山とは
鎌倉: 害獣といっても、鹿については各地で活動する団体が出てきていますし、さらに最近は「熊」が注目されてきました。猪については、ジビエ料理として注目されて、食の面ではいろんな試みがなされているのは知っていましたが、皮まで利用されている方がいるとは知りませんでした! 皮を商品にするようになったのはいつ頃からですか?
西尾: 2015年からです。「
ただその後、猪の革の値段がびっくりするほど高くなることを知りました。どうしようかなと思っているときに、手縫いで丁寧に革製品を作っている柏原慎さんと出会って、ちょっとずつ作ってくれることになったんです。
西尾: 試しに作った名刺入れをお師匠さんにプレゼントして、猪の革製品を作っていきたいと言ったんですけど、当初は強く反対されました……。「こんな革でなにができるんや」と。そこで逆に火がついて、いろいろ作って見せたら、「おもしろいじゃないか」「補助金をもらって、もっとやってみたらどうか」と、言ってもらえたんです。補助金をいただくために構想を練るうち、値段が高いぶん付加価値をつけるだけでなく、販売できる規模を考えると都会での販売も視野に入れなければ……と、どんどん話が広がり……。補助金もいただけることになったので、「もう、やるしかない!」というところです(笑)。本当に売れるのか、周りは心配しています。まだ試作販売の段階で、来年の4月から正式に販売を始めます。
鎌倉: 思っていたよりも早いスピードと規模で話が広がっていったのですね。ただ、もともとは「農業をしたい」ということだったんですよね?
西尾: そうなんです。今年の1月に、独立して、数カ所土地を借りて農業を始めました。
「
粛々と続けてきた人の里山との関わり
鎌倉: 4年前、サラリーマンから一転して農業を始めたと伺っていますが、やろうと思ったいきさつは?
西尾: サラリーマン時代は経理の仕事をしていましたが、自分の生活が中途半端で、心の隅になにかが引っかかっているような気がしていたんです。経理の仕事は、1年のサイクルがだいたい決まっていますし、経営方針が変わるたびに、やり方や物事の優先順位が変わって振り回されるということもありました。1回きりの人生なのに、自分の人生を生きているように考えられなくて、最初から最後まで自分で責任を取り、一生懸命打ち込める仕事がしたいと強く思うようになったんです。農業はまさにそれができると思ったんです。
鎌倉: とはいえ、大きな転身に、勇気がいることだったのではないかと思うのですが……。
西尾: ルーツは【祖母の家】なんです。
祖母の家で田植えがあるときは、サラリーマン時代も手伝いに帰っていたんですが、ふと、「この石垣は、何百年も前から人々が石を切り出して積み上げて作っていったものなんだな」と、思ったんです。私の家も、祖父、曽祖父が育てた
鎌倉: きれいな景色に惹かれて山里に関わるように……というより、脈々と受け継がれてきた「なにか」を感じたんですね。そして、その「なにか」が、西尾さんにも受け継がれていたのかも……。
西尾: そうかもしれません。里山は、昔から人が少しずつ手を入れてきたところ。例えば、里山にある棚田には、昔は石がたくさん転がっていたんだと思います。それを1つずつ拾って、いまの石がない田んぼになっていきました。つまり、手入れを怠れば、すぐに草木がぼうぼうの、ただの山に戻ってしまいます。そんな、先祖代々手を入れて守ってきた場所を、僕の代でなくしてしまいたくないという気持ちが湧いてきたんです。1年ほど悩んでいたときに、ちょうど仕事も一段落できるタイミングがあったので、退社を決めました。
里山を手入れし続ける意味とは?
西尾: 五名近隣は、人が手を入れて整えた山が9割を占めます。「人が一度手を入れた場所は管理し続ける」というのが里山の考え方。「住宅を作るための森林伐採は良くない」といわれますが、実はそれも正確には正しくないんです。
鎌倉: そういう考え方はしたことがなかったです。自然を守り、豊かな環境と景観を……とは、広くいわれていますが、どういうことでしょうか?
西尾: 昔とは違う状態であることを理解して、その時代に合った生態系のかたちを保っていかなくてはいけないんです。山に住む人口が少なくなり、森林の手入れがなされなくなると、森が住宅地まで迫ってきます。昔は人の生活圏と、山の動物たちの生活圏の間には「緩衝地帯」があって離れていましたが、いまはそれが隣り合わせになってしまっています。その結果、山の動物たちが食べものを手に入れやすくなってしまい、繁殖力が上がってしまった、というわけです。実は、森林の面積も昔より増えているんですよ。
西尾: 僕の祖母の田んぼも、猪や猿に何度荒らされたか分かりません。そこは感情的になって「お前が悪い!」という憎しみがないとやっつけられません。
鎌倉: 本当は、「誰が悪い」というのではない。こうなってしまったしくみが分かっているぶん、冷静になってしまうと、慈悲心が出てしまうのですね。感情的にならないと殺せない……。
西尾: 里山に住んでいる人からしたら、山の動物たちは、【100年前はいなかったのに、いま出てきて生活を脅かす存在】。それを排除してなにが悪いんだ、というシンプルな理由です。香川県だけで、年間1万頭の猪が捕獲されていますが、減っている感覚はみんなないと思います。害獣駆除は、人手不足やシステム上の課題からペースが遅く、中途半端に間引いているのが現状。結果的に、猪や猿たちにとってはライバルが減るぶん、餌を得やすく生きやすくなってしまい、ますます増えてしまっているのが現状です。
鎌倉: 私を含めて、ほとんどの人は、【人間が木々を伐採し、森林が少なくなって動物たちの食べものが減ったから、人の住むところまで出てきた】という認識だと思います。山が手つかずであったら捕食のピラミッドは変わらず、生態系も乱れず、なにも起こらなかったはずだった。だけど一度手を入れてしまったのに、キープできずにいたら不自然な弊害が生まれてしまった……ということなんですね。
西尾: そうです。僕がやりたいことは、よくいわれるような「緑を増やしましょう」「自然破壊に歯止めを」という働きかけとは全く別のもの。自給自足自体には興味がなくて、【香川といえば猪、美しい自然】というイメージが生まれて、人が集まってくる場所になればいいなと思うんです。観光農園を作るのもいいと思いますし、おいしい日本ミツバチの蜜や蜜蝋もあります。産業としては廃れてしまいましたが、松ヤニも革製品の加工に使えます。どんな小さな魅力も全て使っていきたいですね。
鎌倉: 「都会の生活に疲れたから、田舎でシンプルな生活をしたい」というのとは、全く考え方が違う。まさに、【自然美の再生】ですね。
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