明大前駅から徒歩1分。昭和のバーの風情が残る雑居ビルの2階に、「装花TOKYO」のアトリエはある。
階段を登って扉を開くと、みずみずしい緑に混じって、アンティーク食器のような柔らかい輝きを放つ青紫のラークスパーやマゼンダピンクのカーネーションといった花々が出迎えてくれた。
でもその中で最も輝く花は、店主でありフラワーデザイナーの杉山香林さんだ。
花に携わる前は、CSRコンサルタントとして働いていた杉山さん。この大胆な転身には、通底する一つの思いがあった。
私が好きな花は、ガーリーな雰囲気の『ニゲラ』や、1cm程の丸い風船がたくさん付いたような『グリーンベル』などの「小さい花」。たとえ単体だと地味だったり目立たなかったりしても、組み合わせや配置によって、必ずお花どうしが互いに生かし合える居場所があるんです。さまざまな個性を生かし合って、素晴らしい調和が生まれる「多様性」こそ、この社会では大事だと思うんです。
誰もが自分らしくいられる場所で、才能を花開かせられる社会。それがエシカルな社会だと思います。
そう話すのは、CSR/社会貢献専門のコンサルティング会社を設立して以来、およそ6年にわたって、ソーシャル畑を邁進してきた杉山香林さんだ。
しかし、2016年。事業を辞めて花のデザイナーに転身。会場装花や御祝いの贈り花などを手がけながら、2017年に、アトリエ「装花TOKYO」を明大前に構えた。
杉山さんの大きなキャリアチェンジには、内なる「好き」との出合いがあった。
20代前半に、結婚・出産・離婚を経験した杉山さん。1999年から女手一つ、一人息子を育てながら、全力で仕事に邁進する日々だった。
社会人経験がなく、なにもスキルもないまま社会に放り出されたので、必死でしたね(笑)。時代は、やっとオフィスに“電子メール”が導入されはじめた頃。とにもかくにも、まずはスキルを身につけようと思って、働きながらパソコンの使い方を学んで……。そんなところからキャリアが始まりました。
就職する先々の上司に恵まれ、育ててもらえたことで、少しずつ経験を重ねることができたと話す杉山さんは、事業開発や、プロモーションプランニング、PRの仕事をするように。
しかし、フリーランスとして独立する機会が訪れ、まずは一人でもできるPR事業を生業にすることにしたという。
でも、いろんな製品のPRをしながら、「消費を促すためのPRではなく、社会的課題解決のために啓発すべきことをPRしたい」と、思うようになったんです。NPO/NGOなど専門の方は十分活動している。でも、PR活動まで手が回っていないかもしれない。それに、よくも悪くも社会に大きなインパクトを与えうる企業を動かせば効率良く変わる。それを企業側にもベネフィットがあるかたちで協業できたら―― そう思い、CSR/社会貢献を専門にすることにしました。
数社と契約を交わし、CSR活動のPR活動を行うほか、NPO/NGOと一般企業の協業をアレンジしたり、戦略をいっしょに考えたり。積み重ねてきた経験をフルに生かしながら、奔走した。
CSR/社会貢献から、さらに幅も広げた。
「エシカル」という、当時生まれていた潮流に着目。自社で、オンラインのオウンドメディア『Ethical&Smart』を立ち上げ(※現在は閉鎖)、ライターたちとともに、社会に良い影響を与えるさまざまな活動を取材し、紹介。読者を着実に増やしていった。ほかにも、企業のエシカル活動を推進する会のコアメンバーにも加わり、イベントの運営や、企業とのコラボレーションなどを手掛けた。
しかし同時に、独立して5年がたった2011年頃から、徐々に身体に異変が起きはじめてもいた。
なんだか気分が冴えない。身体が重い……「このままではまずい」という意識が日に日に濃くなっていった。
やりがいはあったし、手応えもあった。でも、なぜかしんどい。自分が出した企画が採用されたり、任されていることも嬉しいので、仕事が楽しいは楽しい。だから、最初はなにが苦しいのか分かりませんでした。
体力的な限界もきているのを感じていたが、日々責任は増えるばかりで、休むにも休めない思いもある。でも、このままでは良くない……。
ジレンマがまとわりつくような日々が続いた。
そんな中、突如杉山さんに強制終了が起きた。
激しい頭の痛み。這いつくばって病院へ向かったが、痙攣を起し、街なかで倒れてしまった。
病名は、脳や脊髄を覆う保護膜に炎症を起こす髄膜炎。身体がはっきりと声を上げた瞬間だった。
2カ月寝込んでいる間、本当に働き方を変えなきゃいけないって思いました。模索するうち、表面的なワークスタイルの問題じゃなくて、心のあり方の問題なんだと気づきました。私は、「〜すべき」「〜しなきゃ」という意識が強すぎて、いつの間にか自分で自分を追い詰めていた。だから、「〜したい」ってスタンスに変えることが必要だなって気づいたんです。でも、「〜したい」って、私にはすごく勇気のいることに感じて、気づいてもなかなかできなかったですね。
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