H.P.FRANCE所属のバイヤーとして、「destination Tokyo」「goldie H.P.FRANCE」「TIME&EFFORT」などのセレクトを手がけて牽引してきた鎌倉泰子さんが、気になるデザイナーを訪問。対談を通じて、その魅力やものづくりに迫ります。
今回尋ねたのは、ほかにはないデザインが国内外から注目を集める「ileava jewelry(イリーヴァ ジュエリー、以下『ileava』)」。デザイナー兼職人の西村麻耶さんの感性で描かれる大きな世界観に、最初は気づけなかった、という鎌倉さん。
しかし、一つ一つのコレクションの物語がつながっていることに気づいて、ますますその世界に引き込まれていったそう。
麻耶さんと、クリエイティブディレクターの酒井ジョルジュさん夫妻は、アメリカから約10年前に来日。
アメリカと日本での「ジュエリー」の違いにも話は及びながら、ジュエリーの楽しみ方、その意義にまで、話は広がりました。
「イリーヴァの森」という大きな世界が生まれるまで
鎌倉: ショップも3月で4年目に入ったんですよね。お店にいるといつもお客さまが来られるし、海外のお客さまも多いですね。口コミで遠方から来られるお客さまや、オンラインのやり取りだけで高額なオーダーメイドの注文も多数入っていると聞いて、びっくりしました。「ileava」は、ほかにはない曲線使いとモチーフを組み合わせた、いきいきとしたデザインが特徴的だと思うのですが、代表的なデザインである『ハグベア』は、どうして生まれたんですか?
西村麻耶さん(以下、敬称略): 『ハグベア』は、自分で作ったジュエリーとして2個目くらいだったんですが、もともと「ハグベア」のソファを作りたいと思っていたんです。妹が幼い頃、いつもテディベアを連れていて、大人になった彼女が、どこにでも連れて行けるテディベアを作ってあげたいと思ったのがきっかけです。指輪だけど、「ハグしてくれる」という個人的な意味も持っている点が一番好き。大人になってもそんな存在になるものを、自分で作りたいと思うようになったんです。
酒井ジョルジュさん(以下、敬称略): いまも妹の家にあるんですよ。でももう古いので、子どもの手の届かないところに置いてあるそうで。ご老体なので壊れちゃう。
麻耶: テディベアを作ったら、そのお友だちのウサギも作りたくなって、いつの頃からか熊や猫も住む「イリーヴァ」という森が生まれ、それが一つずつ独立してジュエリーになりました。いつの間にか「ileava」というブランドになっていた、という感じ。だから、コレクションには一つ一つお話があるんです。
鎌倉: 妹さんがブランド誕生の立役者、ですね! アイコンとなるキャラクターではなく、一つの「気持ち」かな。では、イメージがわくときのこと、そこから形にするまでは、どんな工程を踏んでいるんですか?
麻耶: いたずら描きからデザインが生まれることもありますし、絵も描かずにいきなり原型を作ることもあります。イメージは常に頭の中でゆらゆらと漂っていますが、そのほとんどは作品として成立しないものたちです。でも、ときにはそれが気になってしかたがなくなってしまい、頭の中から出て行ってもらうためだけに形にすることもあります。頭の中にあるイメージと、コンセプトが合致して実際に形になるまでの時間が、とても好きです。
鎌倉: 「イリーヴァ」という名前の由来は?
麻耶: ディレクターのジョルジュが学生の頃に作った言葉です。造語を作り、その言葉のある世界を具現化するというケーススタディの一環で、「無味無臭であるはずの、極限の純粋無垢の状態にあるものが放つ香り」という意味で作ったものだそうです。後は、「どの言語でも異国の響きがする」というのも、自分のバックグラウンドを反映させるためにも重要な要素でした。
アメリカから日本へ
鎌倉: そもそも、麻耶さんがジュエリーに興味を持ったきっかけはなんだったんですか?
麻耶: ピアニストでありステンドグラスの作家である母の影響が大きいと思います。幼い頃から、「作家もの」が売られているお店や、アンティークショップやフリーマーケットにイベントなど、母の「宝探し」に同行していました。高校生の頃には、両手合わせて15個くらい指輪をするようになっていました。幼い頃から絵を描いたり、ものを作ったりするのが好きだったので、当時から漠然と、将来自分の結婚指輪は自分で作ると決めていましたし、美術大学を選んだときから、将来はなにかものを作る仕事をするんだろうな、とは思っていました。
鎌倉: それをはっきりと仕事にすると決めたのはいつですか?
麻耶: 卒業後は、建築設計に携わる会社で働く傍ら、フリーでオーダー家具のデザインと制作をしていたんです。社会人にも慣れてきた頃、スティーヴン・ハンナが店で開いているワークショップに、趣味で通いはじめたんです。最初の作品ができてすぐ、スティーヴンから彼の店で働いて経験を積んで、デザイナーになることを勧められました。いまもある「アクセンツ」というお店です。
鎌倉: 才能を認められて、ジュエリーデザイナーとして生きていくことを決意したんですか?
麻耶: いえ。スティーヴン自身のブランドの手伝いをしながら徐々に……です。スティーヴンはデザイナーでもありながらバイヤーでもあるので、双方の視点での意見を聞くことができました。また、ブランドを構築するとはどういうことか、コレクションを展開するとはどういうことか、値段はどうやってつければ良いのか、ラインシートはどうやって作るのかなど、細かい流れまで学ぶことができました。自分の作品が増えてからは、ほかのショップへ飛び込みの営業をしたり、展示会に出展したりして取扱店を増やしていきましたが、全てはスティーヴンの応援と協力があってのことでした。
鎌倉: それはアメリカでの話ですが、日本で展示会に出るようになったのはなぜだったんですか? 展示会に出るとなると、やはり継続して出ることを視野にいれてのことだと思うのですが……。
麻耶: 日本に引っ越してきたのは家族の都合で、事情がひと段落したらすぐアメリカに帰る予定でした。それが結局10年近くたってしまったんです。だから、お店を持つつもりはなかったのですが、催事のお誘いをいただいたり、お客さまもできてきたりする中で、日本で制作する環境ができていきました。日本にこのまましばらくいるのであれば、「ileava」を二人でやっていくことが一番良い、という結論になり、飛び込みで作品を見てもらって取り扱い店舗を増やしたり、展示会にも出ることにしました。
ジョルジュ: いまだから言えますが、初めて展示会で鎌倉さんに会ったときの印象は「怖い」でした。「そこまで見るんですか?!」というところまで、細かく見ていましたよね。
鎌倉: 初めて会ったブランドさんとは挨拶した後は、質問攻めで豹変する、ってよく言われます……(笑)。でも、ありがとうございます。「良いもの/悪いもの」と、「好き/嫌い」とは違いますが、バイヤーは、たとえ自分が好きではなくても、良いものをいろんな人に見てもらうのが仕事だと思っています。それは一人ではできないので、一緒に働くスタッフに、知識を渡すか感情に訴えて、彼らが「これをお客さまに届けたい」と自主的に考えるように持っていくまでが私の仕事だと思っています。
ジョルジュ: そんなところに、親近感と緊張感を感じました。あの頃はまだコレクションも大きくなかったのですが、作りたいものを自由に作っていましたし、自分たちの中では全てつながっていました。でも、ほかのバイヤーさんには、とりとめのないように見えていたみたいです。シルバーのものもあれば、K18のものもある。丸みのある動物もあれば、しなやかな植物のようなものもあり……。
鎌倉: それは私もそう思っていました。素材もアイテムも多種多様で、私も正直、最初はなにをやりたいのか汲み取ることができませんでした。「バイヤーの勘」で、「お二人の中では、これらのアイテムには全てに意味があってつながっているんだ」とは思っていたのですが……。
ジョルジュ: 一つずつ作品を作って、パズルのように景色や物語を広げていっているのですが、絵を描くことでそれが伝わりやすくなったと思います。最初は絵を表に出すことは重要だと思っていませんでしたが、コレクションが広がっていくにつれて、イメージを伝えるうえで必要だと思うようになりました。お客さまも、麻耶が描くものを楽しんで見てくださるし。
鎌倉: 数シーズン見せていただきながら、コレクションも絵も、麻耶さんが切り取った「一瞬」なんだと、頭の中でつながったとき、驚いて息を飲みました。「ジュエリーはここまで語ることができるんだ」と。その物語はいまもまだ続いていて、それを見せていただいているという感じですし、唯一無二だとも思います。
ジョルジュ: 好きなことをやって生きていくうえで、責任を取らなければいけないと思っています。ただやりたいことをやるだけではなく、それに触れてくださる方の生活を豊かにするとか、幸せな気持ちになってもらいたい。
鎌倉: 「ileava」のなにがほかのブランドと違うんだろう、と考えていたとき、ふと気づいたのが、「石」でした。ほかにはない形に色……石の使い方が特徴的だな、と。いつも、優しくていろんな表情を持つ石を選ばれていると感じているのですが、麻耶さんの絵の中にある色が反映されている気がします。
麻耶: 百貨店で常設店を出すことが決まったとき、「周りのお店と違うことをしながら、お客さまに喜んでいただくにはどうしたらいいだろう?」と考えたことがきっかけで、ほかにはない表情の色石を使うようになりました。やさしい色を選ぶのは、やっぱり私が好きだから、ですね。
ジュエリー/アクセサリーの役割
鎌倉: お二人に話を聞いてびっくりしたことがあるんですが、誕生日にジュエリーを買う感覚が、日本とアメリカでは違うようですね。日本だと誕生石の入ったジュエリーを買うのは、「毎日つけられるもの」を選ぶ人が多いと思います。でも、アメリカでは、「特別なものを買う」という意識で選ぶとか。
日本では「アクセサリー」と「ジュエリー」という言葉が混同して使われているように感じているのですが、海外生活が長かったお二人は、「ジュエリー」と「アクセサリー」の違いは、どう考えていますか? 私は、「アクセサリー」は、「ファッションに添えられる流行を含むもの」で、「ジュエリー」は「一生、またはその次の世代まで持っていける普遍的なもの」だと思っているんですけど。
ジョルジュ: アメリカでは「アクセサリー」というと、バッグやベルトなどの「服飾雑貨全般」を指します。値段や素材に関係なく、日本で「アクセサリー」と呼ばれているものは、アメリカでは「ジュエリー」です。ただ、ハイジュエリー、ファッションジュエリー、コスチュームジュエリーなど、その中にもジャンルがあります。
鎌倉: ジュエリーの使い方は、日本とアメリカとでは違いますか? 海外のデザイナーと話していると、文化や美意識の違いを感じます。パーティやお祝いごと、家族を思うこと、女性らしく装うことなど、ネックレスのチェーンの長さからして違いを感じましたが……。
麻耶: アメリカと日本では、持っている量と、着ける量が違うと思います。それは、きっと着ける機会の多さや、考え方にも関係するのかもしれません。
ジョルジュ: あえて日本語でのアクセサリーとジュエリーの違いは? と聞かれれば、「作り手」と「身に付ける人」の両方の思い入れの違い、かと思います。作り手は、自分の想像力や技術、そして生活まで含めた全てをかけて作り上げる。それを「一生持ち続けたい」だったり、「大変な思いをして貯めたお金と引き換えに、どうしてもこれを手に入れたい」といった強い思いを抱いていただくことで、初めてつける人にとって、ジュエリーとしての価値が生まれるのだと思います。
ジュエリーの語源である「ジュエル(Jewel)」は、もともと「宝物」という意味ですし、宝石を指す「Gem Stone(ジェム・ストーン)」の「Gem」という言葉も、もともとは「愛でる」という意味です。
鎌倉: では、麻耶さんの中で、ジュエリーの役割ってなんですか? 私は2つの楽しみ方があって、まずアクセサリーも含めて細かいコーディネートを作るのが好きです。例えば、薬指のネイルに大きなパールを置いたときは、それを月に見立てて、『ハグベア』をピンキーに着けて、熊が夜空を見上げているようにしたり。あとは、Tシャツ+デニムというシンプルなコーディネートでも、眉毛を描くのを忘れても、なにか目を引く小物やアクセサリーがあればスタイリングをクラスアップできて、なんとか人様の前に出られる! という感覚です。
麻耶: そうですね。ジュエリーは「生活の質を上げてくれるもの」「心を豊かにしてくれるもの」だと思っています。雨が降って、気持ちの冴えない日には、雨の日を楽しめるジュエリーをつけてみたり。モチーフもののジュエリーを組み合わせて物語のあるコーディネートをすると、それだけで一日が楽しかったり。母が毎日していた指環を私がすることで、いまでも母が一緒にいるように感じることができます。
鎌倉: ジュエリーに興味があっても馴染みがない方々への選び方のアドバイスと、「ileava」のコレクションの中からの具体的な商品をぜひ提案してください!
麻耶: 「意味」から入っていくのは一つの方法かもしれません。誕生石などはその一つですよね。
鎌倉: 「ラッキーカラー」もですね。ただお洋服に合わせるだけでなく、自分の気持ちのためにジュエリーを選ぶ、ってなんか良い! 販売でも、そこに導かせていただく、っていう感じがするときがあります。「あなたがいまよりもハッピーな気分になるには、なにが必要だと思いますか?」っていう対話をしていくの。「空を見上げてお願いごとをしたい」とか、「お花を見て癒されたい」とか。
麻耶: ふだん全くジュエリーをしない、というお客さまは、「月が好き」「太陽が胸下にあったら毎日が楽しい」「星が好き」「ぬいぐるみのクマちゃんが毎日一緒にいてくれるなんて!」と、モチーフのあるジュエリーに行き着く方が多いです。空のエレメントは、特に「ileava」の作風がお客さまに伝わりやすいものかも知れません。ちょっとした角度や幅が違う星の形は、何度も絵を描いたり実際に作ってみたりしてできました。「トキワツユクサ」という花をモチーフにした3枚の花びらは、エッジが鏡面仕上げになっていて、いきいきとしたお花が表現できたと思います。
鎌倉: 「ileava」は、季節や時間を切り取っていると思うので、いろんなコーディネートができる。自分で“作る”ことができる。例えば、今日私は、『ハグベア』のリングをピンキーリングにしているのですが、いまの時期はネイルを葉桜にしたり、薬指のネイルに大きなパールを置いて月に見立てました。今日の麻耶さんもそうですよね。
麻耶: ネックレスは月で、ピアスが星。星のものを身につけるときはその光の色、黄色いお洋服を着たくなるんです。合わせて、髪から少しだけ出たときに光ってきれいだと思うので、グレイがかったナチュラルダイヤのピアスです。
ジョルジュ: まず、自分が楽しくないと。
鎌倉: この先、どんな方法でこの世界を広げていくのでしょう?
麻耶: 例えば、一生に一度きりのブライダルリングに合わせてティアラの提案をしてみたいです。お好きな石を選んでいただき、お客様の目の前でデッサンしながらお話相談していくのもそうです。アトリエショップだからできることなのですが、お客さまが、自分だけのものをデザイナーと一緒に考えていくという体験に、私が思っていた以上に価値を見出して下さっていることが分かりました。その間、お客様がここで過ごしていただける「時間の質」を上げていこうと努力しています。
鎌倉: 麻耶さんとジョルジュさん、スタッフのひろみさんが一体となって、森を広げ、守っているのを感じます。「ぜひショップに行ってみて!」と言いたくなります。んでかわいいレインちゃんにちょっと「いらっしゃいませ!」とちょっと吠えられる。ジョルジュさん、麻耶さんの体験、作品のお話を聞くと、まだやりたいことがたくさんあるのでしょうね。
麻耶: プレゼントで買われる方も多いので、「ペンダントトップが実は虫眼鏡のようになっている」というような、「機能を持ったジュエリー」も増やしていくつもりです。あとは、絵本も作ってみたいです。昔、妹のために絵を描いていたりしていて、絵本作家になりたいと思っていた時期もあったのですが、一人の主人公を使ってお話をつなげていくのは難しいなぁ、と思って考えなくなりましたけど……。
鎌倉: でも、イリーヴァの森の物語だと、全員が主人公、お客さまも主人公ですもんね!
(インタビューここまで)
アクセサリー、ジュエリーは、私にとっては「(単に)お洋服のスパイス」「(勝手に)自分で意味を持たせた出会い」の二極だったのですが、それに一つ、新しい意味を加わえてくれたのが「ileava jewelry」。それは「自分とのコミュニケーション、ほかの人とのコミュニケーションのきっかけになるもの」です。
簡単に言ってしまえば「自己満足」なのですが、それこそ大事ですよね。自分が良い気分じゃないと、ほかの人と楽しい時間なんか過ごせないもん!
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