H.P.FRANCE所属のバイヤーとして、「destination Tokyo」「goldie H.P.FRANCE」「TIME&EFFORT」などのセレクトを手がけて牽引してきた鎌倉泰子さんが、気になるデザイナーを訪問。対談を通じて、その魅力やものづくりに迫ります。
今回訪ねたのは、フルーツをモチーフに、いままで見たことないシューズを作る「SUMIRE(スミレ)」。デザイナーである篠原すみれさんは、実はもともと大学では理系の専攻で、服作りや靴作りとは無縁の生活だったといいます。
それが突如、大学卒業後に靴職人・末光宏さんに師事。末光さんから学んだ丁寧なものづくりと、圧倒的にインスピレーショナルなデザイン。鎌倉泰子期待のニュータレントをご紹介します◎
学生時代は“リケジョ”
鎌倉: ひと目でそのかわいさにヤラれて、銀座の「TIME&EFFORT」(※一般釈社団法人日本皮革産業連合会のショウルーム兼ショップ)のバイヤーとしてご挨拶に伺って以来、ずっとゆっくりお話を伺いたいな、と思っていました。早速ですが、もともと靴は専門的に勉強されていたんですか?
篠原: いいえ! 大学は理系だったんです。白衣を着て、まさに「リケジョ」。いまの作業着は青なので、色違いです(笑)。
鎌倉: えーっ! どうして?! 大学生活4年間のどのあたりで、靴に関わる仕事がしたいと思い始めたのですか?
篠原: 卒業間近です。特に好きなブランドがあったわけではないのですが、靴はずっと好きで、特にぺたんこのシューズを履いて大学に行くのが嫌でした。テンションが上がらないんです(笑)! 坂もありますし、大学までは駅から歩いて15分くらいあるので、楽な道のりではないのですが、ヒールのある女の子らしい靴を履いて通学していました。色は赤が好きだったり、ほかにも自分なりのこだわりもあって、なかなか好きなものは見つからないんです。
鎌倉: 私も靴は買ったら長く履きます。頻度こそ違いますが、中学生のときから履いているのもあります。社会人になってからは、インポートの珍しい形や色を選ぶことも多いので修理も特別で、さらにそれなりのお金もかかってはいるんですけど……。
篠原: 私は当時は、デザインが気に入れば、合成皮革の靴も買っていました。でも、やはり寿命が短いんですよね。どこかが剥がれてしまうと修理もできないですし、底の貼り替えもできない。せっかく出会えて気に入って買ったのに、履けなくなっちゃうのがつまらない……と思っていました。
あるとき、たまたま革の靴を買ったときがあったのですが、手入れをすればきれいに履けるし、修理もできる場合も多く、長く履けることを知って、「革の靴っていいな」と思って、いろいろ履いてみたくなりました。そしたら、革靴と合成皮革の靴では、履き心地がやっぱり違うんです。デザインにもよりますが、生き物の皮だから通気性もありますし。
鎌倉: ビニールのようなものだと汚れても安心とお考えの方も多くて、もちろんそういった場合もあります。でも、「あと5,000円。あと10,000円で、お願い! 一度革の靴を履いてみてください! 元は取れます!」って思いますよね。
3型でいいから記憶に残るものを 〜フルーツの由来
鎌倉: 篠原さんは、靴職人の末光宏さんのところに直接来て門を叩いたんですよね。文字どおり「コンコン」と。どうやって末光さんに出会ったのですか?
篠原: 台東区は靴に限らず「ものづくりの町」なので「工房マップ」というものがあるんです。そこに、末光さんの工房が載っていました。靴の木型を作るところから仕上げまで一貫してやっている工房は多くないと聞いて見に行ったんです。お洋服も好きでしたが、周りに靴を作っている人がいなかったこともあって、作り方にも興味が湧いたんです。
鎌倉: 業界というか、工程に興味が出て、「だったら自分が履きたいものを作りたい!」ということでしょうか?
篠原: はい。でも工房に入ってからはずっと、末光さんの手伝いをしていて、自分の作品は作っていなかったんです。
入って1年くらい経ったとき、『「TIME&EFFORT」で「女性靴職人展」というイベントがある。誰か女性の靴職人さんはいないか?」というお話が回ってきて、出展させていただけることになったんです。「末光さんの下にいる職人さんだったら信用できるし、良いものを作れるのではないか」ということだったようで、それから急いで作りました。
鎌倉: 「女性靴職人展」は2013年7月に開催して、10人の女性靴職人さんの作品をご紹介したイベントでしたが、じゃあ、あのときの靴が初めての作品だったんですか?! だから3型と、型数少なかったんですね! 一般的に、少なくとも5型と、その色違いを出される場合が多いので……。
篠原: はい。出品は最低3点ということだったので、どう考えても時間的に無理がありました。だから、3型でいいからしっかり覚えてもらえるものを作らなければ、と思ったんです。ほかに出展されている方々はキャリアのある方ばかりでしたし、埋もれないようにするには、どうしたらいいかと思って、デザインをフルーツにしました。
鎌倉: じゃあ私は篠原さんの思うツボだったんですね(笑)。あの中でも「SUMIRE」は、ちょっと違って見えました。「女性靴職人展」出品されていたほかの作家さんの作品は、強いていえば「手仕事とその工程」押したものが多かった。「革本来の良さを消さない染色」とか。
でも「SUMIRE」はオブジェと服飾雑貨としての役割の両方があって、おもしろく見えたんです。個性的なんだけど、コーディネイトしたらきっと楽しいはず、って。セレクトショップのバイヤーだったら買い付けたいな、って思っていました。「実はここがこうなってるからおもしろいんです!」っていう、ギミックとユーモアをお客さまと楽しめたらいいな、それで履いていただけたら嬉しいな、と。
鎌倉: ほら、かわいい! 電車の中とかでは脚組んじゃって、サイドも見せびらかしちゃう! みんなびっくりするだろうな。
どうしても細かなところにも目がいってしまうのですが、「バナナ」は金具やバナナの皮のラインも、つま先からアッパーに伸びて表現されている。これは吊りこみ(※木型に革を沿わせて、靴の形にする工程)も大変そう!
篠原: そうなんです! やっぱり気づいていただけるととても嬉しいし、革は意外といろんな形ができるものなので、ヒールの高さや形など、いろいろ組み合わせてコレクションを広げてきたいです。ちょっとしたカーブや向きで、こんなに表現がイキイキする。靴って楽しい! ただ、技術に頼りすぎずに人の心を掴むということはとても大事だと思っているんです。だから、こだわりを分かりやすく表現したいと思っています。
革からフルーツを連想
鎌倉: 当時は1年目というこで、まだ完全に一人立ちということではないと思うのですが、師匠である末光さんのフルオーダーシューズとは全く違うもの。どこまでを篠原さんがやって、どこからを末光さんがやってくださっていたんですか?
篠原: 基本的に、デザイン、型紙作り、製甲(※ミシンなどを使って、裁断された革を縫い合わせ、靴の甲の部分を作る工程)、底付けまで自分で続けてやるのですが、当時はとにかく間に合わなくて、型紙作りと吊りこみを末光さんに助けていただきました。そうしたら、私が片足分を吊りこむ間に、末光さんは2.5足分吊りこまれていたんです! 末光さんは、どんなものでも形にできる人です!
そうして、なんとか3型を出すことができたんですが、あのイベントに出たのがきっかけで百貨店さんとのご縁ができて、何度かイベントをさせていただけるようになりました。
鎌倉: 今日は型数が増えて大きくなったコレクションを見せていただいているわけですが、革の種類も柔らかいエナメルから、毛足の短いハラコと、いろいろですね。扱うのに必要なテクニックもそれぞれ違うと思いますが、どれも仕事量が多いのが目立ちます。特長のある革は、少量だと売ってもらうの大変だったんじゃないですか? 革屋さんに応援してもらわないと……。
篠原: そこはお願いしました。もともと革からイメージしたものもあるんです。「この色と触り心地は“キウイ”だ!」とか。ライチもそうです。ライチで使っている革は、型押ししてからカミソリで1枚ずつカットしていく、という手間と技術が求められる革なんです。
鎌倉: 大学生の頃も、こういう分かりやすい遊び心のある靴をよく履いていたんですか?
篠原: そうでもないですよ。鮮やかな色だとか特徴のあるものは好きですが、ここまでではないです。
鎌倉: じゃあ、こうした靴を作るようになったのは、なにか大きく考え方が変わったのですか? 影響を受けたものがあるとか、靴に対する考え方が変わった、とか。
篠原: 突然なにかが変わったということはありませんが、もともと絵を描くことが好きだったり、文房具が好きだったり、「印刷物」が好きなことは影響していると思います。紙、雑誌はもちろん、映画や展覧会のパンフレットとか。限られたスペースの中に、必要な情報が目を引くようにデザインされたものが好きです。
鎌倉: そこからどうやってここにきたのか……まだちょっとイメージが湧ききっていない……。
篠原: 「どうして私はこれが好きなんだろう?」と自分で理由を探すことが楽しいんです。私は水玉模様が好きですが、どんな水玉模様でも良いわけじゃない。水玉の大きさだったりピッチだったりで「違うなぁ……」というものがある。だから、「なんで私はこれに感動したんだろう?」「なんでこの形が好きなんだろう?」というのを考えきることで、作りたいデザインがはっきり見えてくるようになったのだと思います。
鎌倉: 探究心ですね。物に対する思いを、自分に問い続けている。自分の思いをアウトプットするためにデザインをしているのとは違うんですね。では、最近の活動はイベントが中心ですか?
篠原: はい。いろんなところへ出て、できる限りお客さまと接したい気持ちもあるのですが、マンパワーも限られていますし、「どういうものに出るのか」は、考えていかないといけないなと思っています。
鎌倉: 売れることはもちろん大事ですが、「なんのために出るの?」ということを考えて出展すれば、お客さまにどんどんヒアリングできて、客観的に見られるのでおもしろいですよね。
篠原: 作っているばかりだと、見えなくなってしまうこともきっとあると思うので、お客さまとは別に、プロの意見も同じタイミングで聞いてみたいです。お客さまはなにが欲しがっていると見ているのか、バイヤーはどこを見るのか……とか。
鎌倉: どんな商業施設でも、一見同じような商品が多くても、突出して売れる商品があるということは、その商品にはそれなりの理由がある。お客さまはきっと、「商品の微々たる違いやこだわり」を自分なりに理解して選んでいると思いますが、売る側としても、自分が作ったものがなぜ選ばれたのかを分析し続けなければいけなくて、それには相当なエネルギーがいると思います。
①「誰にどんなふうに履いてほしいか」「自分はなにを作りたいのか」というデザイナーの思いと、②「これが欲しい!」と思ってくれる人のタイプや年齢層と、③実際にお金を出せる層、が合致しないと売れない。でもこの3つは必ずしも合致するわけじゃない。作る側も想像力を突き詰めていく必要があって、篠原さんの「探求」はそこにあるのかな、とも思いました。
日本人の足に合う、良い靴に出会う場づくり
鎌倉: いまの靴の価格帯別の特徴を考えると、「SUMIRE」の価格帯は36,000円前後で、これはいま、正直なかなか売りにくい価格帯です。
篠原: 革のお値段もいろいろですが、実は最初はなんとなく全部同じ値段にしていたんです。でも、鎌倉さんに「上代はそれぞれ変えたほうがいいです!」とアドバイスいただいて、考えるようになりました。
鎌倉: わ〜〜! 初めてお会いしたときですよね? 初めてなのに値段の付け方についてブランドさんに口を出すなんて生意気な……。すみません!
いま、20,000〜30,000円の価格帯だと、多店舗展開のショップのオリジナルや別注商品が多いみたいですね。ショップそのものがブランドになっているから安心感もあり、安定して売れる値段のようです。さらに個性的な靴が欲しい方は、あと5万円出してインポートの靴を買う。最近は、OEMを受けていた靴のメーカーさんなどが、その技術を生かしてオリジナル商品を開発して頑張っているんですが、それがだいたい30,000円〜60,000円。そういう概況を見ると、なかなか入り込めない市場だと感じています。
鎌倉: ただ問題はもう一つあって、今度はメーカーさんのオリジナル靴を扱っているお店がないんですよね。それはつまり、靴を好きな方が、日本人の足に合うよう追求された履き心地とおもしろいデザインを兼ね備えた靴に出会う機会がないということ。みんなが力を合わせて切り開いていかないといけないゾーンで、日本人の足に合う良い靴に出会える場所を作るためにはどうしたらいいんだろう、としょっちゅう考えています。
篠原: 私はまだまだ新米ですが、やっぱり作家一人では切り開けるものではないと思っています。「SUMIRE」としてはまず、履いたときの具体的なイメージを見せていきたいのですが、いまはどうしたらいいのか形に落とし込めていないのが歯がゆいです。足を入れて中敷が隠れるだけでも、印象はすごく変わるので、お洋服を着て靴を履いているというルックブックは作りたいと思っています。
鎌倉: いいですね。展示会かなにかで、靴デザイナーさんで1つのチームを作って、160cm前後の現実的な身長で、それぞれ違うタイプのお洋服を着たモデルさんを用意して、各デザイナーさんが、必要なときに見せたいコーディネイトのお洋服を着ているモデルさんに履いてもらってイメージをバイヤーさんに伝える、とかもおもしろそう。みなさんで売れ筋のこと以外も情報交換ができるといいですね。ちょっとした一言でも、なんかヒントがありますし。
篠原: それはぜひやってみたいです! 平場としても今後の展開としても、このフルーツたちと一緒に置けるものはなにかなぁと思って、いろいろ考えているところです。まずはいまあるラインナップの、ハイヒール版を作ってみたりして、広げていきたいです。
鎌倉: なんかほかに作られていないフルーツあるかな……。あとは革から考えて、エキゾチック系かなー。もうここは、おもしろい革との出会いで変わりそうですね。
私は素材使いや工程など、細かいところに目が行ってしまいがちなのですが、インポートの服飾雑貨を扱っていたのが長かったこともあって、個人的には「なんだかんだ言って見た目の勝負だよ!」とも思っています。ファーストインプレッションが強いからこそ、その技術やバックグラウンドが知りたくなる。その流れで価格とのバランスを理解し、《買う:買わない》の思いが《6:4》だったのを、《7:3》に持っていき、最終的にお客さまが喜んで《10:0》にしてくれる。「欲しい」って思えるきっかけをどこに持っていくか、はとっても大事。上代と見た目のバランスもその一つですよね。
篠原: はい。生活必需品とはいってもまずはデザイン。手にとっていただくところから、良さやこだわりを見つけて会話ができるようなものづくりをするのが、作る側の女性の一人としては大事にしなければいけないと思います。技術はもちろん大切ですが、なにより履く人も見る人も思わず笑顔になってしまう靴作りをしていきたいです。
(インタビューここまで)
「4㎝以上の高さのヒールの靴を履いて、本当に美しく歩くにはエスコートが必要」と、パリの名職人さんがおっしゃってたそうなので、男性のみなさまはお忘れなく! 「素敵な靴は、あなたを素敵な場所に連れて行ってくれる」というのは、もう誰もが知っているフレーズ。ドラマ「Sex and the City」で誰かが言ってたのかと思ったら、フランスでもイタリアでも古い言い伝えになっている言葉なのだそうです。
「SUMIRE」は、見ても履いてもハッピーになれる、出会ったことを自慢できるような靴。自分らしい「素敵」を見つけるのも大事ですが、その前に、お手入れはちゃんとしましょうね。特にヒール!
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