遠い昔、古代に生きたローマの人々は、一粒の美しい玉に魅せられて、それを「月のしずく」と称した。
真珠 ――長い月日を経て貝が作り出す、生命の神秘。
その神秘的な玉の持つ、純粋さと、丸みを帯びたしとやかな雰囲気は、万葉集の中では「愛の代弁者」として使われていたほど。時代を超えて、人に愛するものを思い浮かばせる存在が、真珠なのかもしれない。
しかし、その真珠の生まれる過程は、なかなかに“ヘヴィ”だ。
1996年に起きた、九州の真珠養殖会社のアコヤ貝の大量へい死(※突然死のこと)をご存知だろうか。
この事件の原因になったのは、実はフグ養殖。
魚には寄生虫が付着しやすいため、多くの養殖場では安価なホルマリンを大量に使用して寄生虫を駆除する。この事件を契機に、フグ内に残留するホルマリンの人体への影響についてはむろんのこと、ホルマリンや処理後の廃水がそのまま海へ廃棄されていること、それによって自然環境のバランスが大きく崩れていることに注目が集まった。
それだけでなく、養殖で使用された餌の食い残しや魚たちの排泄物、ゴミが海底に沈殿してヘドロとなり、海底に溜まっていたことも明るみになった。じわじわと養殖は、海全体を蝕んでいたのである。
事件が話題になった後も、ホルマリンの使用を含め、未だ養殖方法を改めるに至っていないのが実情である。
ジュエリーブランド「EARTHRISE」の代表・
子どもの頃から憧れで、パールの似合う女性になりたいと思っていました。だから、ブランドを始めた当初から、いつかはパールを使いたいと、ずっと探していました。でも5年以上かかっちゃいましたね。
「EARTHRISE」は、パキスタンに工房を構え、フェアマインド(※正当な採掘人と小規模鉱山労働者によって採掘されたゴールド)とフェアトレードを中心に、エシカルなジュエリーを展開する。
パールも、当然エシカルなものを使いたい。しかし、探しながら養殖の実態を知るにつれ、「エシカルなパールは、やっぱりないのかも……」と思うときもあったと、小幡さんは振り返る。
知人に「海をきれいにするには?」と尋ねたら、「養殖をやめるしかない。全ての養殖場がそうではないと思うが、残念ながら、私自身は環境に配慮している養殖場は見たことがない」って言うんです。でも、きっとどこかに自然を大切に思い、人と自然が共生しながら行われている養殖場があるはず、と思って探し続けました。
そんな中、やっとたどり着いたのが、愛媛の小さな町だった。
「EARTHRISE」が使用するエシカルパールの生まれ故郷は、愛媛。みかんの爽やかな香りとともに、透きとおるように美しい海が、魚や貝たちを包み込んでいる小さな町だ。
実は、この町もその昔、ホルマリンで荒れてしまった海の一つだという。しかしいま、その面影はどこにもない。
この地域の海は透きとおっていて、ゴミもなく、すごくきれいですよ。養殖場も、特有の臭いがないんです。
この町では、次世代に美しい自然を残すために、地域が一丸となって生活を営んできたという。
養殖場で働く人々が、地元漁業関係者にホルマリン使用をやめるよう、長い間説得を続けてきた。また、継続的にホルマリンの濃度を測ることで、環境改善に向けて歩を進めてきた歴史がある。
さらに、取り組みは海にとどまらない。海を囲む山々に広がるみかん農家も、30年前からなるべく農薬を使用しない栽培に注力しており、海に注ぎ込む水もきれいなのだ。一帯で取り組んだ努力が実り、海は本来の表情を取り戻し、魚や貝たちが舞い戻ってきたのである。
自然と愛媛に暮らす人々からたっぷり愛情をもらって育まれたパールは、大きくすくすくと育ち、人に愛や喜びを与える宝石となって、届けられる。
「EARTHRISE」で使用しているのは、巻きが厚い真珠。巻が厚いと深みがあり、光沢の強い真珠になります。中からふわっと光が漏れ出るようです。色は、肌を明るく美しく見せてくれるホワイトピンク。それを8mmのほどよい大きさの一粒ピアス、ネックレスに仕立てました。
またピアスには、パールが落ちてしまわないよう、オリジナルの留め具を使用。「EARTHRISE」のアトリエの職人と試行錯誤を繰り返して制作した。使用されるのは、フェアマインド認証を受けたゴールドやシルバーだ(※技術的側面から一部リサイクルゴールド、リサイクルシルバーを使用)。
真珠は、生命が生み出す神秘。愛媛に生きる人々は、そっと貝たちを手助けし、優しく見守っていた。貝はその代わりに、やわらかな光を携えたしずくをそっと落とすのである。
愛媛の小さな町に生きる、貝と人々のやさしい関係が詰まった一粒の結晶。それがジュエリーとなって人の手に幸せを届けるとき、海も貝もきっと、微笑んでいることだろう。
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