昨年の夏季休暇で、私は生まれて初めて、いわゆる「リゾート地」を訪れました。
それまでの私の旅といえば、「この国のこんな歴史を肌で感じてみたい」「あの国の、この政治体制の下で、人々がどんなふうに暮らしているのか見てみたい」など、どちらかというと"勉強"が目的でした。
しかし、昨夏はいままでになく忙しかったためか、休みを前にして湧いてきた感情は「エメラルドグリーンの海が見たい!」という非常にシンプルな思いでした(笑)。
きれいな海を眺めながら、ボーッと物思いにふけり、ゆったりと本でも読んで、心と体を癒したい……!
インターネットで「海 きれい 海外」のようなキーワードで候補の国を探し、その中から一番渡航費と滞在費が安く済む……という理由で選んだ行き先はフィリピンのリゾート地・セブ。
飛行機がセブに近づくにつれ、上空からでも海が透き通ってキラキラ輝いているのが分かり、一層期待感を高めて降り立ちました。
しかし、到着後、ダイビングショップの人と、民泊のオーナーからたて続けに、「きれいな海は、この近くではあまりないかなぁ」と宣告されてしまいました。
私が期待していたエメラルドグリーンのきれいな海は、離島に行くか、観光客向けの高級ホテルに泊まらないとないとのこと。美しい海ほど欧米系のホテルなどによって”私有化”され、私のように安旅行をしている観光客にとって遠い存在であるだけでなく、現地に暮らしている人たちからも閉ざされた場となっていました。
「リゾート地」というと、きれいな海と空気を体いっぱいに吸収できる、穏やかで快適な時空間をイメージしていたのですが、私のセブ滞在は、その後も想像とは違う方向に展開していきます。
せっかく海を眺めにきたのだから……と、エメラルドグリーンとは言い難いものの、一般市民に“残された”海に足を運ぶと、そこは現地の人たちの「日常」の場でした。
近隣の島から買いものに来たと思われる女性たちが、帰りのボートバスを並んで待っていたり、おじさんやお兄さんたちが別の島に輸送する商品を運んでいたり、子どもたちが笑いながらバシャバシャと海に飛び込んでいたり……。
そこにあった欄干に寄りかかりながら、ぼーっと海を眺めてゆったりしようとしたところ、ものの3分もしないうちに、眩しい太陽が似合う褐色肌に海水パンツのボート漕ぎのお兄さんから「一人なの? 恋人いないの? 僕と結婚して!」と声をかけられたり……。
少年が駆け寄ってきたと思ったら、目をキラキラさせながら「ビューティフル!」と言って、ちょっと照れながら立ち去ってしまったり……。
ゆったりともの思いにふける環境ではとてもありませんでした(笑)。
宿泊場所では、ベッドにのびのび寝転がって本を読もうとしたら、本の向こう側に、小さな黒い塊が……。
よくよく見てみると、ヤモリ……! びっくりしたのも束の間、今度はカーテンの裏側から3倍くらいある親ヤモリさん(?)も登場しました。爬虫類や虫があまり得意でない私は、その後、本を数行読み進めるごとにヤモリの位置を確認する……という緊張感でいっぱいの時間を過ごしました。
宿の近くの未開発の土地には、生い茂っている草陰に大量のゴミが不法投棄されていたり、その近くの交差点は頻繁に、誰が飼っているのか分からない黒ヤギの群れに占拠されていました。
歩道部分は舗装されていないため、交通量の多い道には砂埃がもうもう。ちょうど雨季だったため、スコールのような大雨が降ると、大きな水たまりが立ちどころにたくさんできていました。
いわゆる高級リゾートホテルに泊まったり、街の中心部の発達したエリアで過ごしていれば、当初イメージしていたリゾート地らしい、快適な時間を過ごせたかもしれません。しかし、一見、不快で大変に思えた出来事の中に、私はセブの「日常」を感じ、ここだからこそ味わえるものを見つけ、旅に来た甲斐があったように思えました。
そして、不快さや緊張、不安などのマイナスな感情があればあっただけ、小さなことに喜びや幸せも感じました。
朝日を浴びて目覚めた時の心地良さ、宿の警備員のおじさんが笑顔で迎えてくれた嬉しさ、1日が無事に終わった後のビールのおいしさ、誰かと笑いながら話すことの楽しさ……。
日本の日常では意識しないような些細なことに、たくさんの感情が湧いてきました。
セブの旅を終え、日本に帰国して湧いてきたのは、「本当にこれでいいのだろうか?」という思いでした。
整然として快適。不快な思いをすることも、緊張することも、細かいことに意識を向ける必要もない。しかし代わりに、自分が本来持っているはずの感覚や感情の多くが、使われることなく眠ったままになっているように思えたのです。
ある種“機械的”に送れてしまう日常の中で、幅が狭くなったり、麻痺してしまっている感覚や感情があるとしたら、異空間に触れ、解き放つことで、もっと大きな喜びや楽しさを感じられたり、思いがけない発想が生まれてくるかもしれません。
それこそ、「旅すること」の醍醐味の一つなのではないでしょうか。
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