フランスのファッションブランド「A.P.C.」が2008年にスタートさせた新しいコンセプトの幼稚園「A.P.E.(Ateliers de la Petite Enfance)」。ヨーロッパの中でも高い出生率を誇るフランスで、北欧の自由でユニークな幼児教育に着眼し、独自のメソッドで子どもたちがのびのびと知的好奇心を育める環境を提供する同園は、パリで唯一の“オルタナティブスクール”として非常に注目を集めています。現在では口コミで噂が広まり 、毎年何十人ものキャンセル待ちが出ているそう!
今回はそんな大評判の幼稚園「A.P.E.」の創立メンバーであり、現在ディレクターとして活躍するジェラルディン・ルフェーブル(Géraldine Lefebvre)さんにお会いして、 幼稚園にまつわる裏話やユニークな工夫などをたっぷり伺いました。
―― 「A.P.E.」のプロジェクトが始まったきっかけや、ジェラルディンさんと「A.P.C.」の代表 ジャン・トゥイトゥ(Jean Touitou)氏との出会いについて教えてください。
当時私がディレクターをしていた幼稚園に、ジャンの娘さんが通園していたんです。親子面談でジャンや奥さまともお話しする機会がよくありました。その際、幼稚園探しに苦労されたことや、従来の教育現場のあり方に対する不安などをたびたび伺っていました。
確かにいま、多くの幼稚園が人手不足に陥っています。園が効率を重視するために、子ども一人ひとりへの配慮が行き届いていないのが現状です。私も、こうした状況には常々行き詰まりを感じており、「もっと子どもがのびのびと学べる理想の幼稚園を作りたい」と、以前から考えていました。
あるとき、私の思いをジャンに話したところ、彼が幼稚園設立の費用を出資すると申し出てくれたのです。ちょうどその時期に、「A.P.C.」の空き店舗が2軒あるので、そこを幼稚園に改造しようという話になったのが、きっかけです。
―― 現在通園している子どもは何人いますか? また、遠くの町、地区から通っている子はいますか?
いま登録されている家族は60組で、子どもたちは各クラスに16〜18人います。園の広さや教員の数を考えると、これが私たちに受け入れられる最大です。全ての子どもたちに目が行き届かなくては意味がないので、当分はこのまま小規模体制で進めていくつもりです。
いまのところ遠くから通園している子どもはおらず、全員が「A.P.E.」と同じ地区、または隣の地区に住んでいます(パリ6区・7区)。家族が毎日送り迎えしなければならないので、みなさんやはり近場の幼稚園を選ぶのでしょう。
―― 「A.P.E.」には、複数の幼児教育法を組み合わせた独自の教育メソッドがあるそうですが、どういった特徴があるのでしょうか?
教員1人に対し子ども8人の少人数クラスで、五感をバランス良く刺激しながら遊び、子どもたちが“知ること”の楽しさを自ら育んでいけるような環境づくりをしているのが大きな特徴です。
お絵かき、工作、絵本、料理、歌、映画、写真、スポーツなど多方面からのアプローチはもちろん、道具やおもちゃ、家具の色や材質にもこだわり、子どもたちがさまざまな感覚や想像力を自然と養えるよう工夫されています。
―― 具体的にはどういった活動を行うのですか?
基本的には子どもの成長に応じてクラスが3段階(年少・年中・年長)に分かれていますが、毎日の昼食・昼寝の時間、そして祝日と毎週水曜は年齢に関係なくみんな一緒に行動します。
年少さんは年長さんを真似し、年長さんは年少さんのお世話をすることで、お互いが刺激を受け合う大切な時間です。みんなが揃うときには野外学習を積極的に行い、すぐ近くにあるリュクサンブール公園や、美術館、映画館にもよく行きます。
もう一つの特徴は、日常生活に必要なことをしっかり行えるよう、徹底した指導を行っているところです。「A.P.E.」は子どもたちの学習能力を高めるだけでなく、“暮らしを学ぶ場所”としての役割も担っています。ご飯やおやつを食べた後は必ずみんなで歯を磨き、授業の後片付けも自分たちで行います。良い生活習慣が身につくと、自然と自立心も芽生えてくるんですよ。
独自のメソッドといっても、ほかの教育メソッドを否定するようなことはしていません。全体のカリキュラムも、子どもたちが卒園してからスムーズに義務教育へ移行できるよう、国が推奨する幼児教育プログラムに沿って組まれています。複数の教育法(モンテッソーリ、フレネ、ドゥクロリーなど)を組み合わせたのも、1つの考え方に固執するのを防ぐためです。それぞれの教育法の良さを比較しながらバランス良く授業に取り入れることで、より柔軟性のある教育を目指しています。
―― 国の教育プログラムに合わせながら独自のメソッドを実践していく中で、両立が難しいときはありますか?
幼児教育は義務ではないので、国のプログラムもそこまで細かく決められていません。読み書き、スポーツ、他者との関わり合いなど、身につけておくべき学習項目に沿って、ポイントを押さえながら常に自由な授業ができているので、特に困ることはないですね。
―― 「A.P.E.」で働く教員のみなさんの特徴や強みはありますか? また、新人教員への教育はどのように行われているのでしょうか?
教員はみな幼児教員の国家資格を持っており、フランス人以外にも、カナダ人、イギリス人、フィンランド人、スゥエーデン人など、さまざまな国籍の教員がいます。みんな先進的な幼児教育に深い関心を持っている人ばかりです。
「A.P.E.」は英語教育にも力を入れており、ネイティブによる英語の授業も日常的に行っているんですよ。新人教員の教育は、全て私1人で行っています。正直これが最も労力の要る仕事ですね(笑)。しかし「A.P.E.」のメソッドは、私が構築したものですし、一人ひとりにしっかり理解してもらえるよう、直接指導したいのです。マニュアルどおりにいかないことも多いので 、授業の様子を見ながら状況に応じたアドバイスや指導も日々行っています。
―― フランス以外の国籍を持つ子どもも多くいるのでしょうか?
はい、たくさんいますよ。フランス人とのハーフが多いですが、ロシアや中国、オランダ、スペイン、アメリカなど、子どもの国籍も多種多様です。中にはフランス語が苦手な子もいるので、教員が英語でフォローしながらフレキシブルに授業を行っています。ときにはスペイン語やポルトガル語が飛び交うときもあります。国際色豊かで、非常におもしろいですよ。
―― 「A.P.E.」が成功してから約10年経っているにも関わらず、未だに同じコンセプトの幼稚園がパリに一つもないのはなぜでしょう?
「A.P.E.」のようなコンセプトの幼稚園を実際に設立するには、大変な労力と費用が掛かります。また、先端幼児教育に関する深い知識や経験も必要です。さらに、私立の幼稚園を会社として運営するため、公立の幼稚園よりも高い通園料を設定する必要があり、需要が確実にある場所を選ばないと子どもが集まりません。
このような理由から、私たちのような事業にはなかなか着手しにくいのだと思います。しかし最近は、「子どもたちがもっと自由に学べる環境を作りたい」という強い志を持つ人が増え、 彼らに向けてアドバイスや指導をする機会が多くなりました。おそらく数年後には、彼らが新たに素敵な幼稚園を作ってくれると思いますよ。
―― 最後に、「A.P.E.」が目指す将来のビジョンや目標を教えてください。
今後は、「A.P.E.」が構築してきた幼児教育の理論や技術を一種の「ツール」として、同じコンセプトの幼稚園を作ろうとしている人々へ積極的に教えていきたいですね。「A.P.E.」自体が規模を拡大するよりも、同じ志のある人々に新たなプロジェクトをどんどん興していってもらったほうが、より良い環境の幼稚園が全体的に増えると思います。
「A.P.E.」を“原型”として捉えてもらい、私たちの技術を吸収しつつ、独自の考え方も織り交ぜて、さらに良いものに発展させていってほしいです。そうすることで、幼稚園という場がもっとバラエティ豊かなものになり、新しい幼児教育がみなさんにとってより身近な存在になることが、私の心からの願いであり、一番の目標です。
(インタビューここまで)
実際に幼稚園を訪問すると、子どもたちが本当に無邪気に、そして自由に遊びながら全身でいろんなことを吸収しているのが伝わってきて、こちらまで自然とウキウキしてしまう素敵な空間でした。
「先進的な幼児教育」と聞くと、馴染みのないぶん少し身構えてしまいがちですが、全てのベースにあるのは「子どもたちの好奇心・自主性を尊重する」というごくシンプルなもの。でもシンプルだからこそ、奥深く根気がいる作業です。辛抱強く見守りながらそっと導く ーーまさに母の代役のような先生方。「A.P.E.」のように子どもたちがいきいきと学べる場所が、これからフランスだけでなく世界中に増えると素晴らしいですね。
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