この連載は、「くま美術店」の代表取締役玩具COG・くまが「アートをやめた人」の話を聞いて、謎の多いアート業界を裏側から掘り起こしていく企画です。
第1回は、「くま」の中の人であり「くま美術店」店主である荒木了平さんに一人芝居にてお話を伺います。
今回お話を聞く人……
オンラインで現代美術を定額販売する「くま美術店」店主。
群馬県で熊に怯えながら育つ。京都造形芸術大学彫刻科卒業。仏像を彫りたいと京都に行くも、現代美術をするハメに。
卒業後は中国に渡り、帰国後は(株)マザーハウスに勤務。ビジネスで既存の問題を解決できることを体験し、「くま美術店」を立ち上げる。
リスペクトしている村上隆さんの「フラワー」です。
アートの連載ということで、気合入れて手作りしました。
へぇ……。
荒木さん、そもそもなんだけど、なんでこんな企画始めちゃったの?
なにごとも「やめどき」ってすごく難しいと思うんです。
特にアートの世界は、スポーツとかと違って選手生命もないし、定年もない。
だから、アートを作るのをやめるって、自分自身の判断でしかないんですが、すごく後ろめたいことのように見えがちじゃないですか?
でも、なにかを「やめる」って、そんなに後ろ向きなことなのかな? と疑問に思ったんですね。
だから、本気でやっていたことをやめた後になにが残るのか、なにが始まるのか、いろいろな人に聞いてみたいなと思ったんです。
それはそうと、このインタビューで、俺に給料はなんぼ入るん?
たしかに、きみは美大に行った。けど、なぜだかお店をやっている。
まぎれもなく「アートをやめた人」だ。
具体的にはどんなアートをしてたの?
見直した? 私は「木彫」を専門にやっていました。
いまいちばん主流なのは、粘土で形を作って、樹脂で成型するものかなと思います。
そのほかにも、コンクリートや、鉛、繊維や、蛍光灯など、ありとあらゆるものが素材に使われます。
うちは父親が絵を描く人だったんです。
そのため、自宅の壁には絵が飾られ、小さなときから絵を描くことや工作することはものすごく奨励されてきたので、ある意味、自然な流れで美大に進学して、アートの世界に入りました。
大学時代は本当に美術にどっぷり。
木を彫るのが、むちゃくちゃ好きでした。
基本は課題がけっこうたくさん出るので、それをこなしています。
そうです。テーマが与えられて、それを基にコンセプトを作って、作品に落とし込んでいく訓練をします。
例えば、「『日常』をテーマにしなさい」って言われて、「日常ってなんだろう?」って考えて、それを形にしていくんです。
あとは、基礎的な技術をつけるための研修もあります。
僕は彫刻専攻だったので、溶接をしたり、石を切ったりと。楽しかったですよ。
はい。女の子の手よりも、チェーンソーを握っている時間のほうが圧倒的に多かったです。
平日は9時〜22時までは大学で制作をし、休日も基本的には夕方まで大学にいました。
美大生って、まじめで勤勉な人たちが多いし、そうじゃないと課題が終わらないんです。恋愛とかそんな暇が、マジでないです。
時間がなかったんです! モテなかったわけじゃないんです! 作ろうと思えばできたし!
で、そんなに熱中していたアートをなんでやめたの? 金か?
いや、でも、それはすごく大事な問題で。美術を続けるって、お金がすごくかかるんです。
まず時間がものすごく拘束されるので、フルタイムのサラリーマンだと、満足に作品が作れません。
だから、大学卒業後はアルバイトをしながら作品を作り続ける人が多いんですが、時給で稼げる金額は限られています。
その中で絵具とか、木とか、素材を買ったらお金はどんどんなくなります。
しかも、作る場所が必要だからそこそこの広さの家を借りなければいけない。
お金がないと、作ることもできないし、作っても、それがお金になるとは限らない。八方ふさがりです。
とりあえず、中国に行きました。海外の日本人学校の教員を募集していたので、応募したんです。
最初は、海外ならどこでもいいなって思って。
地元の群馬と、美術大学しか知らずに生きてきたので、なんとなく人間としての幅が狭いんだろうなと思ってたので、世界を見てみたかったんです。
いえいえ。年間40日の有給を全部消化して、旅行に行きまくっていました。
美術館があるところです。
ドイツ、オーストリア、イタリア、イギリス、フランス、スペイン、アメリカ……ずっと画集で見て憧れていた作品が、目の前にあるって大興奮で!
特に観光もせず、ずっと美術館に入りびたる旅行をしていました。
やっぱりアートなんだね。でも中国国内じゃないんだ。
香港とマカオは30分〜1時間ぐらいで行けたので、しょっちゅう行っていました。
僕が住んでいた2008年〜2011年は、香港のアートマーケットがものすごく熱気を帯びてくる時期でした。
2大オークション会社の「サザビーズ」と「クリスティーズ」が進出し、アートフェアが大々的に開催され、世界最強のギャラリーである「ガゴシアン」が支店を開きました
中国人が、現代アートをむちゃくちゃ買いはじめたんです。
そうです。
当時がその最初期で、いまはもっと大きなマーケットに育っているそうで、世界で1年間にオークション取引される美術品の売上高のうち、だいたい3分の1は中国人によるものです*1。
かなりの高値で取引されます。すごいですよ。
美術品は1点ものなので、良い作品は高値で売れる場所に集まってきます。
ニューヨークも、香港も、東京では見られないような大規模で、良質な作品がごろごろ置かれていました。
いや、そうは思いませんでしたが、ただ漠然と作品を作っているだけではダメなのかもしれないなと、だんだん思うようになっていきました。
海外のマーケットで見たアートは、どれも芸術的な美しさはもちろん、ちゃんと見ている人たちに向けて、なにかを伝えようとしているって感じがしたんです。
ものすごいメッセージや、ストーリーが感じられる。
だから、それを大金を出してでも買いたいという人がいるのも納得できました。
それに比べて、僕の作っていたものってなんだったんだろうって。
そもそも、僕は、誰のために、なんのために作っていたんだろうかって、ガツンと殴られたような衝撃を受けました。
そうですね。
そう考えると、自分には、強烈に人に伝えたいメッセージがないんだなって気づいてしまって。
このまま、ただ手を動かしていることに、意味を感じられなくなってしまったんです。
一つのきっかけは、そこですね。世界のアートマーケットで勝負している作品は、予想を遥かに超えてすごいんだと。
バッグや、ストールなどを作っている会社で、店舗を作っていました。
ぜんぜんアートとは関係ない会社だね。
なんでそこで働こうと思ったの?
そこの社長が「情熱大陸」に出ているのをたまたま見て、おもしろそうだしアルバイトでもしてみようかなという軽い気持ちでした。
それがそのまま3年半も働くことになります。
はい。意外と作れますよ。ほとんど手作りでやっていたので大変でしたが、毎日忙しく、楽しく過ごさせていただきました。
その会社で働いて、なにがアートやめるきっかけになったの?
簡単にいうと、ビジネスの力で、いまある問題を解決することができるんだ、ということが見えたんです。自分の作品でメッセージを伝えることはできなくても、人のメッセージを届ける手助けならできるかもしれないって。
で、自分にもできるんじゃないかと思って独立したのね。実際、日本のアート業界の課題ってなんなのよ?
マーケットがすごく小さいのに、ものすごく不透明なことですね。
誰が、どこで、なにを売っているのか全く分からない。
ふつうの人がアートを買おうと思っても、売っている場所や値段がぜんぜん分からないんです。
まぁたしかに。絵の値段とか、売っている場所ってピンとこないな。
あと、若い才能に光が当たりにくい環境も問題だと思っています。
いますよ。実は世界で戦っているすごい日本人のアーティストはたくさんいます。
海外に行くと、大きな新聞や雑誌とかで、いま注目の若手アーティストに日本人の名前があったり、日本人のアーティストの名前を目にすることがよくあるんです。
なのに、日本では、一般のメディアではほとんど目にしません。
業界の中にいればそれなりに情報は入ってきますが、ふつうのサラリーマンをしていたら、若いアーティストのことなんて、全く分からないです。
それって、もったいないなって思っているんです。
グローバルとか、クールジャパンとか言っているのに、本当に世界で通用している若い才能に注目もしないなんてもったいなすぎます。
それで、自分でビジネスを始めたってわけだね。でもさ、そこでものづくりをしないと決めるまで、葛藤はなかったの?
いまでも葛藤しまくりです。
でも、やってみると、会社もアートも似たようなものだなって思います。
どっちもコンセプトをかたちにしていく作業で、シンプルな美しさや、オリジナリティが重要です。
だから、いまはきちんとビジネスをやろうかなと思っています。
まず、若いアーティストが作った作品を、定額で、オンラインで買える場所を作りました。
なるほどね。なにを、どこで、いくらで売っているのか明確にしようとしたわけだ。
同時に、アートにあまり触れてこなかった人たちを、美術館やギャラリーに連れて行く「びじゅツアー」を始めました。
いや、始めてみたら、やっぱりぜんぜんうまくいかなくて。
ちょっと本当にどうしようかなって思っています。
いや、「くま美術店」は続けますけど、いろいろかたちは変えていかなければいけないなと思っています。
そうか。それもいいな。
なにかを「やめる」って言うとすごくネガティブに聞こえるけれど、実はその先には新しく始まるなにかがあるはずだ。
さよならから始まることって、たくさんあると思うぞ。
あ、最後にぜんぶ言われました。
でも、本当にそう思います。
うむ。そんな人たちに、俺は会いに行けばいいんだな?
次回は、高校の美術科、美大を卒業。イタリア留学をした後、ビジネスの世界に転身したスーパー美少女にお話を聞きます。
今後も、「アートのやめどき」をなにとぞよろしくお願いいたします。
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