H.P.FRANCE所属のバイヤーとして、「destination Tokyo」「goldie H.P.FRANCE」「TIME&EFFORT」などのセレクトを手がけて牽引してきた鎌倉泰子さんが、気になるデザイナーを訪問。対談を通じて、その魅力やものづくりに迫ります。
今回尋ねたのは、アクセサリーブランド「Selieu(セリュ)」の田口朋子さん。「Selieu」は、東京名産の柔らかいピッグスキン(豚革)を使ったお花モチーフがとっても新鮮。実は、豚革の主な生産地は東京です。国内で生産される豚革のほとんどは墨田区生まれ。ここには、関東近辺で出荷される食用の豚の皮を加工して豚革を作る工場が集まっています。
豚革は背中、足、お尻の部分に分かれていて、牛や馬など他の革と比べると柔らかで薄く染色しやすいのが特徴。それを最大限に生かした「Selieu」のものづくりについて尋ねました。
豚革との出合いは趣味のコサージュ作り
鎌倉: アクセサリー製作は独学と伺っていますが、ブランドを始めるきっかけを教えてください。
田口朋子さん(以下、田口): インテリア系の学校に行っていて、卒業後は空間デザイナーとして店舗設計や内装、お客さまの導線(※顧客の店内での動きを予測・示す線)、それに合わせて什器を考えたりする仕事をしていました。退社して何年か経って「Selieu」を始めて、4年目に入りました。
始めた頃は、趣味としてコサージュなどを作っていました。この頃はまだ、羊革の端切れを浅草橋の素材屋さんで買って、少しだけ入れてみたりしていました。布は切りっぱなしだとほつれてきてしまうんですが、革はそのまま使え、切り口が綺麗で新鮮に感じました。
田口: みんなが作ったものを持ち寄るクラフトマーケットに出してみたら、「かわいい」と言っていただけて、いくつか売れました。それで、革も使ってもっといろいろ作ってみようと思って、次に作ったのがこれ(下写真)です。
鎌倉: かわいい、これ!!!!
田口: イベントやポップアップストアに出品してお客さまとお話すると、気に入ってくださったところや要望などを聞くことができるので、「今度はここを変えてみよう」とか、「こういうものを作ってみよう」と意欲が湧いてきます。そうして、いままでつながってきた感じですね。
田口: この頃はアイテムがみんな大きくてラフです。私は大きいアクセサリーも好きなんですが、お客さまと話せば話すほど、アクセサリーはシンプルで華奢なものを求めている方が多いというのを感じました。お客さまの反応をデザインに生かしていこうと思うと、どんどん作品が小振りになってきて……。この先、どういったものを作れば喜んでいただけるのだろうと、だんだん考えて作るようになりました。
鎌倉: それで作風も変わってきたわけですが、いまは豚革をメインの素材に使用されています。豚革をメインに使うきっかけになるようなことがあったんですか?
田口: 使っているうちに、豚革が加工しやすいと気づいたんです。柔らかいし、薄くても強度があるので小さいものも作れますし、毛羽立ちが少ないのできれいに加工ができました。また、柔らかい色でも発色が良いので、繊細な色の植物をモチーフにする私の作風に合うんです。
田口: その次に豚革について調べていくと、日本が唯一自国で調達できる革素材が豚革であること、その大半が東京で手に入ることを知りました。アクセサリーは最初のインパクトが第一ですが、買った後にも素材や製作に至るまでのストーリーを感じてもらえればおもしろいと思いました。
鎌倉: バッグや靴と違ってアクセサリーは機能が求められないので、デザイン以外のこだわりがあるというのはすごく惹かれますね。もともと食用の豚の革ですので、廃棄されてしまうかもしれなかった副産物。それがこんなきれいなものに生まれ変わることができた、というのを伝えられますよね。
自分で道を切り開く……営業基本の4段階!
鎌倉: 初めて田口さんにお会いしたのは西武渋谷店でのイベントですよね。出店スペースが隣で、お客さまのいないときにはおしゃべりしたりして楽しかったです。
田口: あのときはまだ展示会にも出たことなかったし、全てが初めてのことだったのでドキドキの時間でしたよ。懐かしい……! 私はメーカーにいた経験もないですし、営業もしたことがないので、「Selieu」というブランドをこれから先どうしたらいいのか、すごく考えていた時期でした。
鎌倉: ブランドを広めて行く。具体的には、「販路を見つける」ということですが、確か、〈営業の基本4ステップ〉をお伝えした記憶があります(笑)。
①「○○という者で△△を作っているのですが、一度見ていただいけませんか?」と言うと、たいていは「資料を送ってください」と言われるので、資料を送る。
②翌々日に、資料が届いているか確認の電話をする。
③さらにその3日後くらいに見ていただけたかどうかの確認をして、
④良い反応だったらサンプルを見てもらう約束を取りつける……という4段階!
田口: そう。教わったとおりやってみたら、東京都美術館での販売が決まり、さらに東京都庭園美術館もご紹介していただいて、お取り扱いが決まりました。本当に感謝しています!
鎌倉: 最初のうちは勇気が必要だと思うのですが、すごい! 西武でお話したときに、全てお一人でされていると聞いてびっくりして。その先お一人でどう進んでいかれるのかなと思っていたのですが、まさかこんなハイスピードで人気ブランドになるとは思いもしませんでした……すみません(笑)!
田口: 本当に右も左も分からなかったので、周りを見ながら自分でも一つずつやってみる繰り返しでした。
アクセサリーならではの方法で革を生かす
田口: 製作も当初から変わらず、革のカットからメタルを合わせて最後の仕上げまで、全て一人でやっている状態。最初はお花も一つずつはさみでで切っていたんです。でもそれも教えていただいて、「抜き型」を使いまとめて作ることができるようになりました。
田口: でも、今度は革のコンディションに気を使うようになってきました。革は動物なので、一枚ずつ違います。仕入れる時期が違えば、性質や色味に微妙に差異があったりします。それは「革の個性」ですが、量産するうえでは難しい部分になってしまいます。
鎌倉: バッグや靴なら、革の経年変化や個性は「味」として楽しんでもらえると思いますが、アクセサリーの場合、革の魅力はそこではありません。大事に、きれいに、長く使いたい、というのがつける女性の希望。だから、壊れにくさとメンテナンスしやすさは大事ですよね。
田口: そこはこれからも追求していきます。それが長く使っていただくことにつながりますし。薬品の組み合わせには、常に試行錯誤しています。小さな革の端切れに、ある程度の強度を持たせるために、薬品の濃度や漬ける回数を変えてみたり……。最近は防水にできるようになったんですよ! 少しの汚れなら拭くことができるので、扱いやすくなったと思います。
「一人」でやっていても、「独り」ではない。「Selieu」の歩み
鎌倉: お客さまの声を大事にされていますが、デザイナーさんが店頭に居ると、特別なオーダーなどもをお受けすることもあるのではないですか?
田口: バッグチャームのオーダーを特別にお受けしたことがあります。「ネックレスは着けないんだけど、このネックレスのお花がびっしり並んだデザインが好き」というのが、具体的なご希望でしたね。
田口: あとはピアスの長さを、「もう少し短くできますか?」というリクエストはときどきあります。みなさんが「どうやって着けたら自分に似合うだろう?」と考えてくださっているのは嬉しいですし、私もそのご希望になるべく添えるよう、色のオーダーや長さの修正はお受けしています。元のデザインをベースに、その人に合わせてお直しする感覚ですね。
鎌倉: お客さまに似合うものをお渡ししたいけれど、「修正」と「変更」は違うんですよね。私もスタッフとして店頭に立つことがありますが、デザイナーさんによっては「そういった類のリクエストは全てお断りしてほしい」という方もおられます。実際にお客さま断るのも言いにくいんですけど……。
田口: ブランドの個性を貫くことも大事ですが、一人で製作していると、どうしても「自分だったら……」という考え方になってしまうので、イベントや展示会などで客観的な声を聞いて、軌道修正することもあります。商品を鏡の前で合わせた瞬間、ぱっと表情が明るくなる……そんなお客さまの表情が変わる瞬間がなによりも嬉しいです。モチベーションであり、課題の発見でもあります。
鎌倉: デザインやクオリティの追求はもちろん、「着けたとき」をいつも考えていらっしゃるのと同時に、同じ女性として、素敵だと思ったものが自分に似合うと分かった瞬間のお客さまの気持ちに共感されているのですね。
ファンの声を取り入れて、いろんな試行錯誤をしてこられた。顔を見て、気持ちのやりとりをして、商品と一緒に楽しい時間を過ごす。女性の生活と思いに、プラスアルファで「喜びを足していく」という、ブランドのコンセプトにつながるのですね。
田口: お花のように、毎日の生活に「女性らしい、自分らしい彩り」を加えるお手伝いをしていきたいと思っています。環境や時代の流れで、墨田の豚革工場は少なくなっているのが現状です。良いもの・昔ながらの名産を残して未来につなげていくために、工場と消費者をつなぐ私たち作り手が、魅力的な活動をしていくべきだと思っています。
「革育」につながるワークショップ
鎌倉: それでいうと、これからの活動についても教えていただけますか?
田口: まずこの秋は、百貨店でのイベント等がたくさんあります。東京以外でも開催予定なので、初めての出会いも楽しみ。革に気軽に触れていただけるワークショップの計画もあります。
鎌倉: ワークショップの考え方は難しいですよね。ふだんの商品の簡易版を作るのでは物語がなくなってしまいます。それでいて、デザイナーに直接教えてもらわなければ作れないようなレベルのものを作る……。ものだけではなく時間も共有できるイベントが良いですけど、実際考えるのは難しいですよね。
田口: 後になっても、できあがったものを楽しんでいただけるようにしたいですよね。実用性が伴っていたりとか、愛着が湧くようなものであったりとか。またワークショップでは、加工していない素地の革に触れていただけます。豚革がこんなに柔らかくて、きれいな色がたくさんあることは知られていないので、豚革の背景のお話も交えながら作業をしています。後から見たときに、楽しかったことだけじゃなく素地の革の感触まで思い出してくれるような内容にしたいです。
鎌倉: 食育ならぬ「革育」になりますね。知り合いの男性が「Selieu」のワークショップに参加したんですが、そこで作ったピンをよく着けていますよ。娘さんと一緒に作ったからこそ、身に着けたいと思うし、娘さんが大きくなってからも一緒に過ごした休日の思い出になりますよね。
田口: そうですよね。毎回来てくださる方もいて、お買いものしていただけるのとはまた違う充実感があります。
鎌倉: これからはさらにジュエリーの方向に進みたいともおっしゃっていましたが、豚革の使い方については新しいアイデアがあるんですか?
田口: 「Selieu」は大きいアクセサリーから始まり、自分が良いと思ったデザインは守りながらも、いろいろなお客さま、バイヤーさんにお会いしながら、個性を追及してきました。
「Selieu」といえばお花、というイメージが定着してきましたが、お花と違って、主役ではない「葉」や「枝」のモチーフもおもしろそうだな、と思っています。新しい表情を見せながら豚革は良さも紹介していきたいですね。
(インタビューここまで)
ブランドが始まったばかりのときからお付き合いをさせていただいていますが、やりたいこと、やるべきことを常に考えてデザインをされている田口さんの急成長には驚くばかり。
私も含めバイヤーは、〈「Selieu」を扱えば売上が取れ、良いお客様が来て下さる〉と分かると、当然次のシーズンも期待するもの。そのとき、「『Selieu』らしくてなにか新しいものを……」という漠然としたお願いをすることもあります。それを聞いて下さりながら、目の前のお客さまはどうしたら喜んでいただけるのだろうか、と考えて進んでいく。どこかの時点で、その2つを刷り合わせることが大事になります。そのとき、「Selieu」がどんなものを作られるのかがとても楽しみです。
田口さんの手から生まれる小さなお花たちが女性の手にわたり、装う喜び、知る楽しみが広がっていきますように……!
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