H.P.FRANCE所属のバイヤーとして、「destination Tokyo」「goldie H.P.FRANCE」「TIME&EFFORT」などのセレクトを手がけて牽引してきた鎌倉泰子さんが、気になるデザイナーを訪問。対談を通じて、その魅力やものづくりに迫ります。
日本でも珍しい、鹿革専門の加工卸・小売業を営む有限会社ワイ・アンド・ワイ コーポレーション。その鹿革を「京鹿の子絞り」で染めたオリジナルブランド「Soso ayanasu(ソソ・アヤナス)」は、ほかにはない軽い感触と、自由な色使いが目をひきます。
(提供:Soso ayanasu)
「Soso」とは「楚々」。美しく鮮やかながら清らかであること。「ayanasu」は「彩なす」。趣があり、美しい模様や色で飾ること。
「水の国・日本」でしかできない染色技術で作られる素材を使い、日々の生活や心を豊かに彩るものを……というデザイナーの思いが込められています。
そのデザイナーである
鹿革を絞り染め……?!
鎌倉: 初めて「Soso ayanasu」をrooms(※大型合同展示会)で見たときは、白い壁面にカラフルなバッグが飾ってあって、すごくきれいで印象的でした。いままで見たことない色調なのに、革の触り心地はそのまま。この鹿革は、保正さんの発案で生まれたんですか?
保正友里さん(以下、保正): 私が入社したときには、すでに鹿革の「京鹿の子絞り(以下、絞り染め)」という素材はできていて、弊社社長が京都の職人さんに「鹿革でも絞り染めをやってみてほしい」とお願いしたところから始まったそうです。
職人さんもそれまで生地しか染めたことがなく、カチカチに硬くなってしまったりして、最初はなかなかうまくいかなかったと聞いています。
加えて、「色ぶれ」という問題もありました。革を扱っている方なら“おなじみ”の問題なのですが、個体差のある生きものからいただく素材を、さらに一つひとつ柄が変わる絞り染めをするわけですから、なかなか同じ製品にも仕上がりませんでした。
保正: それを社長が検証しては、「○○で売っている△△という薬品を使ってみてください」なんて細かい提案をし、また染め師さんには知識、薬品屋さんにアドバイスいただいたりしながら、みんなでアイデアを出し合って成功したそうです。
でも安定した生産ができるようになってから、ほかのメーカーにも提案してみたところ、買ってはいただけるのですが、継続したお取引にはなりにくいという問題も出てきました。色やデザインの面から「ファッション」として扱ってもらえるのは良いのですが、メーカーさんは毎シーズン新しいものを発表しなければいけないので、こうした個性的なものはスポットでしか使いにくいんです。
鎌倉: ファッションは常に新しいものを発表しなくてはいけない。売れたからといって、必ずしも継続性にはつながるわけではないんですよね。個性的でおもしろいものほど、1回だけ使って、ショップやブランドの価値を上げるというやり方もあります。
失礼なんですが、ブランドとして認知されていないうえに特殊な技術で……となると、このファッションビジネスのしくみの中で成功していくことは難しいですよね……。
保正: だからこそ、職人さんとのコミュニケーションもすぐに取れ、素材の長所も短所の知り尽くしている私たちこそ、なにか作るべきなのではないか、と思ったんです。
弊社は、「素材を売る」のが本業ですが、製品づくりを卸先にお世話になるのではなく、自分たちにしか作れない製品を発表していくことは、弊社にとってもこの業界にとっても、必要だと思いました。自分たちが作ることでこの素材がもっと売れるようにしたいですし、それによって高い技術を持った職人さんが仕事を続けていけるようにもなります。
実際、素材と一緒に製品を見ていただき、さらにどのように経年変化していくかも説明できるようになったことで、継続的に素材を買っていただけるようになりました。商談では、素材そのものの長所と短所、製品化したときの長所と短所に加え、保管方法までお話します。
伝統工芸の世界に向けての挑戦
鎌倉: 鹿革は食用としても消費量が少なく、副産物としての革も多くありません。非常に希少という面でも価値の高いものですが、先ほど社長に、御社の鹿革はニュージーランドのものを使っていると伺いました。丁寧に育てられた革はやはり違うんですね。脂の含有量で革の質感も変わるし、傷も少ないでしょうし。鹿革は加工の可能性が広いともおっしゃっていました。
保正: 弊社もいろんなチャレンジをしてきましたが、まだまだたくさんできることはあると思います。あと、どんな職人さんとで出会えるかで、やることも変わってくると思います。
鎌倉: 「Soso ayanasu」の絞り染めをされている染め師さんは、京都府の「未来の名匠(※京都の伝統産業の優れた技術をもって、今後の伝統産業業界を牽引する中堅技術者を表彰する京都府の事業)」に選ばれたそうですね。おめでとうございます。
保正: 「未来の名匠」は、京都府だけの取り組みで、まだ始まったばかり。出品される製品もお漬物や仏具など多岐に及びますが、年齢制限や従事年数など、いくつかの条件があります。
「Soso ayanasu」の染め師さんは、毎回この鹿革の絞り染めでチャレンジしてくださっていました。でも、審査員の方々の評価もなかなか厳しかったと聞いています。
それは、京鹿の子絞りの条件である「絹織物であること」を変えてしまったから。「どうして京鹿の子絞りの貴重な技術を、わざわざこういう色にしたの?」「なぜ革にしたの?」「もともと(絞り染めは)着物の生地を作る技術なのに、なぜバッグを作るのか?」と、けっこう質問攻めだったみたいです……。
鎌倉: 和装で使われる伝統的な手法ですものね。特に伝統工芸の世界だと、いままでなかったものの新しい価値を見極めたり、受け入れたりすることは簡単ではないと思うのですが、やはり挑戦することで再注目されたりすることもあるので、効果的な場合もありますよね。
それに、「この商品は『未来の名匠』に選ばれた人の確かな技術で作られている」というのは、直近の販路につながらなくても、お客さまの満足度も上がりますし、買い付けたバイヤーや販売する方の自信にもつながります。
鹿革の難しさ
鎌倉: 鹿革は比較的丈夫だとは聞いていますが、いざ加工をするとなると、薄いし柔らかいので大変ではないですか?
保正: 成型も大変ですが、そもそも革をなめすことができるタンナーさんも少ないです。「Soso ayanasu」では、奈良の藤岡勇吉本店という、創業180年の歴史のある鹿革専門のタンナーさんにお願いしています。
なめしの後に厚さを調整するための
鎌倉: バッグやポーチ、カードケースは中にスポンジのようなものを入れてあって、表をステッチでたたかずにふんわりさせてありますよね。色だけではなく、この丸みが独特の雰囲気を出しています。どうしてこの製法にしたんですか?
保正: 0.3mmに漉いたものは、薄すぎて革小物にすることはできません。鹿革なので強度があるとは言え、1枚では形を作ることさえ難しいです。
弊社は革の加工会社なので、アイデアと技術はいろいろあります。ボンディング加工(※生地と生地を貼り合わせること。この場合、革と生地等を貼り合わせる)をしてみたら、鹿革の性質と弊社が提案するきれいな色を生かしたまま、製品を作れることが分かりました。スポンジもいろいろ試してみて、最終的に3.0mmのものを使っています。コンパクトながら強度と機能性が求められるお財布にはスポンジは入れず、使う革を1.0mmにしています。
素材屋なので、素材の長所を分かりやすく表現できるアイテムを作りたかったんです。「Soso ayanasu」では、それを「曲線」で表しています。
鎌倉: 視覚的な一過性のアプローチではなく、性質にまで興味を持ってもらえるモノとはどういった形なのか……ということまで考えてデザインされた、ということでしょうか。
保正: そうですね。弊社は良い職人さんに出会うことができ、素材から作れる環境にあります。それは製品を作るうえでは非常に良いこと。やはり、その強みを生かさなければ、と思ったんです。
鎌倉: なるほど。第一に絞り染めのテクニックを使うということがあり、鹿革ならそれができるとなった。さらに、できあがった素材の色と性質を生かすにはどういったデザインが良いのだろう? と、順番に考えて最終的にできたものが「Soso ayanasu」なのですね。
鹿革を頼り、鹿革に頼られる“持ちつ持たれつ”な関係
鎌倉: 少し話しは逸れますが、私自身バイヤーとして、「素材を生かしたものづくり」もたくさんご紹介いただきます。でも、それにすぐに共感できないことがあるんです。意地悪に言い換えれば「素材に頼ったものづくり」なのではないか? と思ってしまうんです。
一般消費者が曖昧な情報から抱く「高級な素材」で製品を作ると、お客さまはその素材だけに価値を見出してしまい、縫製やデザインに目が向かなくなってしまっている。作っている側も実際それを黙認している状況です。また、素材の値段のせいにして、それ以上値段を上げられないからと、縫製や組み立てで安い工賃に抑えこんで、完成度の低いものを市場に出してしまっている……これは本当です。
保正: なんか分かる気がします、それ……。でも、私もどうしても素材の良さに頼ってしまうんですけど……(苦笑)。
鎌倉: いえ、違うと思いますよ! さっき言った「この素材じゃないとこの形は作れない」っていうのが保正さんの考えですもん。鹿革でなければ出せない色、絞り染めをするための「革の薄さ」、その2つを最大限に引き出すために、保正さんはデザインされている。良い悪いではなく、それは「この素材を見てもらいたいのでデザインはシンプルにしました」っていう作り方とは考え方が違います。
保正: でも鹿革がまだ一般には馴染みがない素材なので、頼れないとも思っています。販売イベントで「鹿革なんですよ」とご紹介しても「へぇ……そうなんですか……」って、ぜんぜん反応していただけないこともしょっちゅうです。
鹿革は素材のおもしろさの前に、希少性すら知られていないもの。年上の方が、〈鹿革=印伝の革〉と知っていらっしゃるだけでもありがたいくらいです。でも、同じ鹿革でも私たちが使っているものは印伝の革とは違いますし、若い方は「印伝」というものをご存知ないですし。鹿革の良さをもっと伝えられたら鹿革の良さをもっと伝えられたら、頼れるようになるんですけど。
鎌倉: 鹿革は保正さんの力を借りたいし、保正さんは鹿革の力を借りたい……っていうことですね。
保正: 自分もモノを買うときはそうなので、第一印象の「かわいい!」「素敵!」で選ばれるのは嬉しいです。でも、ついお客さまにプロセスを話しすぎてしまうときがあります。その結果買ってくださる方もいらっしゃるのですが……。
鎌倉: 接客のとき、作り手はその工程やこだわりをお客さまに話したくなってしまうこともあると思うのですが、お客さまがなにに興味を持ってくださっているのか ――素材なのかデザインなのか、もしかしたらディスプレイなのか―― を汲み取らないと、「もっとこれについて知りたい!」「使ってみたい!」とは思っていただけないんですよね。私も店頭に立つときは、一人で盛り上がり過ぎないよう気をつけています。
どちらにしろ、「Soso ayanasu」を買ったことがきっかけで、革の種類の多さや大事に長く使う楽しさを知っていただけると良いですね。
保正: はい。世の中に製品として出ている鹿革はごく一部。多種多様なテクニックを用いて色や触り心地を表現できる素材だということを「Soso ayanasu」の商品で伝えたいです。それが受け入れていただけるようになると、製品を作る私たちの可能性もさらに広がってくると思います。
〈高いもの=良い〉ではない
鎌倉: 御社は、鹿革の知名度を上げる一つの方法として製品の小売をされているわけですが、メーカーというプロの声も、一般のお客さまの声も、両方を拾える環境にあることで、製品づくりに「縛り」が出てしまったりしませんか? 分かりやすいところでいえば、「値段」とか。
保正: ありますね。「次はこういうものを作りたいな」と思って、コストと上代を計算してみたら「絶対にこれじゃあ高いって言われちゃう!」って思って踏み出せない……ってこととかありますね。私は、関わる人みんなの思い、作業の多さ、原材料の高さが分かる立場にいるので、算出した値段が妥当とは思うのですが、デザインの次にお客さまが見るのはやはり値段なので……。
鎌倉: 鹿革の値段以上のその価値、知名度を上げるために、これからもっとやってみたいことはありますか?
保正: インテリア製品やステーショナリーを作ってみたいです。
先日はインテリアと雑貨の展示会で、シンプルな額縁に革を入れたものをディスプレイとして使っていたのですが、「それを売って欲しい」というお声をいただきました。
鎌倉: 革であるかどうかの前に、人の目に留まる印象的な色柄なので、興味を持っていただける一つの入り口になるのも強みですよね。
保正: その展示会は、ほかにどんなことができる革なのか客観的な考えを知りたいと思ってい出展したのですが、「Soso ayanasu」だけでなく、弊社の活動そのものに興味を持っていただくことができたのはうれしかったですね。アパレル以外のバイヤーの方々とお話しできたことを今後に生かしていきたいと強く思えましたし、良い結果になりました。
鎌倉: ライフスタイル雑貨は瞬発力求められるファッションと違うので、じっくり選んで長く使っていける革製品を提案できると良いですよね。
保正: ラグジュアリーブランドはまた別ですが、〈高いもの=良い〉は残念ながら絶対ではないと思います。
革製品に限りませんが、品質も値段も高いものに触れるのは良いことだと思います。でも、そうでないものがあることも知って、自分の価値観で物を選ぶ楽しさを知ってほしいです。
もちろん、高いけれど、長く使ううちに表情も変わってきて、最終的には自分だけのモノになる ――革の奥深さ、鹿革のおもしろさ、伝統工芸のすごさを知っていただけるようなデザインを発表し続けていきたいです。
(インタビューここまで)
何度かお邪魔したことのある「Soso ayanasu」のアトリエ。いつ行っても、見たことのない、触ってみたくなる鹿革がたくさん置いてあります。「蔵前にすごい会社ありまーす! 誰かこれを使ってなにか作りませんかー?」って、大きな声で私が叫んでまわりたいくらい! 次にお会いするときには、どんな革があり、どんなお話が聞けるのだろう、とまた楽しみです。
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