どんなシミも元通り! 「匠抜き」シミ抜き職人・福永文恵さんに教わるシミのこと
ついてしまった汚れ、空いてしまった穴ややぶれ、サイズの変動……それでもどうしても着続けたい一着が、あなたにもあるのではないだろうか?
織布・染色・縫製と、服を“作る”職人がいる。そして、買った後、服を“守る”職人たちがいる。知られざる、服を“守る”職人をご紹介。
福岡県福岡市。言われてもきっと、ここが「クリーニング工場」だと、すぐには理解できないだろう。電車線の高架下に、シミ抜きサービス「匠抜き」の工場がある。「匠抜き」は、クリーニング店で断られた衣類も元通りキレイになるというサービス。
取材を依頼すると、「どんなシミでも持ってきてください。可能な限り、元の状態に戻します」と、運営する株式会社トゥトゥモロウ・坂田知裕社長は自信たっぷりに、筆者に言った。
「ほ…本当?」
そこで今回、気合を入れてシミを作った服3着を手にして、福岡まで向かった。
今回職人に挑むシミのラインナップ
用意したのは、次の3枚。いずれも、誰でも一回はやってしまったことのあるシミではないだろうか?
1. ワインを思いっきりこぼしたワイシャツ
ここまでこぼす人はいないかもしれないが、ワインはやっかいだ。
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2. 長年のワキ汗が香ばしく変色したTシャツ
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3. ありとあらゆるシミ6種類がついたワイシャツ
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右の袖には血液のシミ。左には再びワインのシミ。左の胴部には、紅茶をこぼしたシミが。
また、胸元には油性ボールペン、油性マーカーのシミ。加えてその下に靴墨。靴墨はさておき、いずれも「よくある」シミに違いない。
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シミ抜き職人・福永さん
「よくもここまでのシミを……(笑)。ぜったい落としてやりますよ〜」
そう笑うのは、「匠抜き」のシミ抜き職人・福永文恵さん。福永さんは早速、派手なワインジミのワイシャツから取り掛かった。
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(右)「匠抜き」シミ抜き職人(リフィニッシャー)・福永文恵さん。
あらかじめ下処理を施した衣類に、調合した特殊な薬品を塗布し、熱を加えながらシミを除去していく。
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薬品が塗られるたびに、シミと反応して、泡が吹き上がってくるのが分かる。あんまり泡が出るときは、シミとの反応が大きく、生地への負担も大きくなる。その場合は薬品の温度を調節することで、生地になるべく負担をかけずにシミを除去していく。
やっぱり、服も痛いと思うんです。使用する薬品は強いもの。薬品の濃度や温度を上げすぎると生地が弱ってしまいます。安全な範囲で作業しますが、素材によって反応が違うので、見極めるには知識と経験ですね。
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服が痛ければ、当然人の手も痛い。漂白剤の原液が付着すると皮膚が溶ける。「じわじわ皮膚を溶かすから、付いて30秒後くらいに、時限爆弾のように痛みがくる!」と、福永さん。「これで顔のシミも取れたらいいのに〜(笑)」。
みるみるうちに、ワインの赤紫色が薄れていく。ものの数分で、福永さんはあの広範にわたるシミを、ほとんど分からないくらいまでに落としてしまった。
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だいたいのシミは取れたが、この後さらに薬品に漬け込んで全体的な黄ばみなどを除去していく。まだまだ作業は終わらない。
そもそも、シミってなんだろう?
ここで、衣類の「シミ」とは、いったいなんだろう? なぜ、通常の洗濯で落ちるもの、落ちないものが出てくるのだろう?
「シミ」は、空気中に浮遊している化学物質や紫外線、人体から分泌する皮脂や垢などの影響で、洗って落ちないほど「汚れ」が繊維と結合したもの。汚れとシミは、別のものとして理解しておく必要があります。
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シミは一般的に、いくつかの層で構成される。シミ抜き作業は、外側の層から順に除去していくのが基本だ。
まずは水に溶けない油性シミの処理から。次にその下の水溶性のシミを処理。最後に、それまでの処理で取り除けなかった色素シミを漂白処理で取り除く、というのがおおまかな流れだ。
しかし実際のシミは、油性汚れ、水性汚れ、色素汚れが混じり、さらに空気に触れて酸化している場合が多い。
例えば、自転車のグリスによるシミ。これは、酸化油汚れに、砂などの粒子も繊維に挟まっている状態です。
そんな場合は、油性溶剤をピンポイントで噴射しながら、繊維の隙間から汚れをはじき出し、はじき出されたゴミを瞬時にバキュームで吸い取っていくという処理をします。はじき出す強さも、素材によって様子を見ながらやります。
ちなみに福永さん。一番たいへんなシミって、どんなのですか?
最も時間がかかるのが「ベージュ色の綿のトレンチコート」ですね。トレンチコートって、いつの間にか点々が浮き出てくることってありませんか? あれは、雨に濡れた痕なんです。
雨に濡れたところは、乾けば目に見えなくなるけど、雨の水にはいろんな成分が混じっているから、年月経つと酸化して濃くなっちゃう。だから時間が経つと、点々になって浮き出てくるんですね。
処理としては、まずドライクリーニングしておおまかな油溶性の汚れを取り除きます。次に、漬け込み処理で全体の黄ばみを取り除き、その後一つひとつの点々を手作業で取っていきます。そして再び漬け込みます。
一着終えるのに、丸一日かけても足りない! 作業中は水に濡れますが、乾かしてみないと正確な色は分からないし、乾燥しないと浮いてこないシミもあります。自己最高記録は、3日間作業を繰り返し続けたときですね。
繊維と処理の相性
ワキ汗による黄ばみや日焼けによる黄変など、まずはアルカリ性洗剤を使って全体を白くする漬け込み作業を下処理に施すことも多い。これによって、生地はアルカリ性に傾く。
しかし、ワイシャツのような綿類はアルカリ性に強くとも、シルクやウールなどの動物性繊維は弱く、すぐ変色したりするという。
どういった処理ができるかを判断するうえで、繊維の組成も重要な情報だ。
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漬け込みやすすぎで洗濯機を使用する際、回すことはほとんどとなく、手洗いが原則。 回すとしても、必ず1点ずつ処理する。その素材に合わせて使用する薬品とその濃度、水温を決める。脱水も、もちろん1点ずつ。絞り過ぎるとシワになるので、脱水機の音と湿り具合で、適切な脱水時間を見極める。全てが経験則。
いちばん加減が難しいのはシルク。ワキ汗による黄変がすごく多いんです。シルクはアルカリ性に弱い繊維なのに、どうしてもアルカリ性の漂白剤を使わないと色素が落ちない。しかも漂白剤が強すぎると、生地そのものの色を抜いてしまうだけでなく、一歩間違えると、繊維が綿より細いから溶けちゃうこともあるんです。
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自分でやると、取り返しのつかないことに……
どういった種類の汚れが、どんな組成の繊維についているのか ーー無数にある組み合わせの中から生まれたシミを見極め、適切な薬品と処理の仕方を瞬時に判断。そうして、一つ一つのシミを丁寧に手作業で抜いていくのが、シミ抜きのプロだ。
しかし筆者などは、「これなら自分でもできるかもしれない」と、ついつい自己流でなんとかしようとしてしまう。
無理に家庭でやろうとすると繊維を傷めてしまいます。よくいらっしゃるのは、キッチンハイターなど、市販の塩素系漂白剤で無理やりシミを落とそうとする方。それでも落ちないからって持ち込まれますが、塩素系漂白剤を使うと、繊維自体が壊れてしまうので、その後どんな処理も効かなくなるんです。
例えば、ボールペンのシミに、家庭用の塩素系漂白剤をかけたとしよう。通常、インク汚れは薬品を付けるとインクが動くという。しかし、塩素系漂白剤をかけた後だと、インクがうんともすんとも動かない。
だから、「自己流でなにか処理したな」というのはすぐ分かりますよ。どんな薬品を使っても反応しなくなります。テストでなにも効かなかったら、料金はいただかずにお返ししています。
完全にシミを取りたいなら、自分ではなにもせず、そのまま持ち込んでいただくのが一番です。
そう話しながら、福永さんは色素汚れであるボールペンと油性マーカーのシミをあっさり取ってしまった。
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自己流でやってしまう理由には、プロに任せるとお金がかかるというのもある。加えて、ネットで検索すればいろんな方法が紹介されていて、どれも簡単にできるように感じる。しかし、その服を長く着たいなら、悪あがきはせずプロに任せるのが、服にはやさしいのである。
お金をいただいているのに「ありがとう」と言われるのがうれしくて
福永さんはもともと、ネットスタッフとして入社。しかし3年前、横で見ているうちに興味が湧き、「やりたい!」と手を挙げた。
隣で見てて、あれだけの汚れが元通りになっていくのがすごいと思っていたし、なにより、お金を払っているお客さまのほうが「ありがとう」って言ってくださるのが、ありがたいなぁって。
お金をいただいて、こちらがサービスをさせてもらっているのに、逆に「ありがとう」って言われる仕事なんて、なかなかないですよね。
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着々と、一つずつシミを抜いていく福永さん。今回最も厄介だったのは「靴墨」。これは薬品を繊維の中へと揉み込みながら、少しずつ浮かしていく。「地道な作業ですよ」と、福永さんは笑う。
全く同じ汚れはないので、毎日やりながら覚えていく連続でした。毎日変化があるので、飽きはしないですけどね(笑)。「もう! なにコレ!(怒)」っていう汚れもたくさんあります。でも、「絶対落としてやる!」って逆にやる気が出てきます。おもしろいですよ。
シミ抜き、できあがり!
いよいよ、最後。ワイシャツ類はプレス(アイロン)にかけられ、Tシャツは乾燥機にかけて完成だ。
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そうして、筆者が持ち込んだ3着は、次のように白くなった。いずれも、シミがなくなっているだけでなく、全体的に白さが増している。
1. ワインを思いっきりこぼしたワイシャツ
(左)BEFORE → (右)AFTER
2. 長年のワキ汗が香ばしく変色したTシャツ
(左)BEFORE → (右)AFTER
3. ありとあらゆるシミ6種類がついたワイシャツ
(左)BEFORE → (右)AFTER
衣類は、着るたびに少しずつ傷んでいきます。でもお客さんは、「なんとかしてくれたら着れるのに!」「ダメ元でも良いからなんとかして!」って気持ちで持ち込まれます。できる限りのことはしたいですね。
思い出の一着。ここぞというときに着る、勇気の一着。とにかくお気に入りの一着……。服には、思いや願いが込められる。彼らは、服に込められた思いを守っているのかもしれない。
匠抜き
お申し込み:http://www.takuminuki.com/
お問い合わせ先:https://www.takuminuki.com/rewear/mypage/login.php?first_url=1(要会員登録)
料金目安:
小さなシミには、「磨きコース(¥300円)」。ペン・インク・カラー剤・ペンキ・接着剤などによるシミは、「特殊磨きコース(¥900)」。
※2cm×2cmあたりの金額です。
※抜き料金とは別に、クリーニング料金が必要です。
※実際の匠抜き料金は、衣類によって異なる場合があります。詳しくはお問い合せください。
襟・袖口などの部分的にリフィニッシュする「雅びコース」は、衿の黄変(¥2,000~)、脇の黄変(¥2,500~・両脇) など。
全体的なシミや汚れなどをリフィニッシュする「極みコース」は、シャツ・ブラウス類(¥3,500~)、ズボン・スカート(¥4,000~)、ジャケット(¥5,000~)など。
※2cm×2cmあたりの金額です。
※抜き料金とは別に、クリーニング料金が必要。
※実際の匠抜き料金は、衣類によって異なる場合があります。詳しくはお問い合せください。
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