超高齢社会の日本。65歳以上の高齢者が急激に増加するに伴い、認知症高齢者の人口も右肩上がりだ。高齢者人口は、2030年頃までは増加すると予測されている。つまり認知症を有する高齢者の数も増加することが予測されている。
そんな中、介護の現場では「夜間徘徊」「暴力行為」や「異食」など、認知症によって引き起こされるさまざまな「問題行動」への効果的なアプローチが強く求められている。発症した当人も辛く、介護者にも多大な負担が掛かっている。
そこでいままでにない手法が、認知症の問題行動の軽減に大きな効果が期待できることが判明した。調査を行ったのは、岡山にある吉備国際大学保健医療福祉学部・
「爪を塗るだけで認知症の問題行動が改善する……?!」ネイルはどのくらい認知症に効果があるのか、認知症の現場を変えるネイルの可能性について、学術的検証に成功した佐藤准教授が寄稿する。
BPSD……暴言・暴力、興奮、抑うつ、不眠、昼夜逆転、幻覚、妄想、徘徊、もの取られ妄想、弄便・失禁など、認知症における行動・心理の症候。
QOL……生きがいや幸福感を含めた「生活の質」を計る基準として用いられる考え方。身心の健康、良好な人間関係、やりがいのある仕事、住環境、十分な教育など、さまざまな観点から計られ、精神医学や心理学の分野では、客観的に点数で表すことができる。
介入……医薬品や治療方法、医療機器等の「安全性」や「効果」を評価するため、医薬品を人体に投与または、治療法や医療機器を人体に適用する行為。「介入研究」とは、試験的に介入することで、その効果や有害事象等を検証する研究手法。
認知症の方のQOLとBPSD
超高齢化社会の日本において、認知症を含む介護の問題は看過できない問題となっており、実は15年以上も前からBPSDに関する研究が積極的に進められている。
東京都によると、在宅認知症高齢者の79%になんらかのBPSDが認められるという。特に、中等度の認知症でのBPSDの発症率は89.7%との報告もある(*1)。
また、アルツハイマー病患者240名を対象とした検討では、222名(92.5%)に1つ以上のBPSDが確認され、中でも「無為・妄想」と「異常な行動」が、それぞれ半数以上の患者に認められていることが報告されている(*2)。
BPSD軽減の意義① 認知症高齢者のQOL
筆者が行ってきた研究、また過去のあまたの研究によれば、明らかな認知症の症状を呈している高齢者の「QOL(quality of life:人生や生活の質)」は、認知症を有していない高齢者と比較すると、顕著に低い傾向にあることが示唆されている。
【参考】認知症高齢者の生活の質尺度の評価項目(QOL-D)
介護をする人が対象者を観察し、各項目を「当てはまる(3点)」から「全く当てはまらない(0)」の4段階で評価し、合計点数を算出する。得点範囲は「0~72点」で、得点が高いほど「QOLが高い」と評価される。
カテゴリー分類 | 評価項目 |
周囲とのいきいきとした交流 | 1. 微笑みや笑いがあり、明るく楽しそうにして見える |
2. 表情がいきいきとしている | |
3.レクリエーション活動などに参加したり、喜んだり楽しんだりしているように見える | |
4.満足・満たされているように見える | |
5. 他の人といると安心している | |
6. ペットや小さい子どもに対し、嬉しそうに接する | |
7. ユーモアがある | |
8. 他人との接触を求める | |
自分らしさの表現 | 9. 日常生活で、意思表示をしたり好みのものを選択したりする |
10. 家族と自分の関係(続柄など)を認識している | |
11. これまでしてきた仕事や、毎日してきた活動について、話をしたり、継続したりしている | |
12. 身だしなみに気をつかう | |
13. その人の過去の出来事、住んでいた場所や習慣に興味を示す | |
14. 他人に気配りを見せる | |
15. 音楽を聞いたりテレビを見たりして、自発的に楽しむ | |
16. 関心を示すものごとがある | |
17. これまでの価値観や意見を表明しない | |
18. 危険を感じると言ったり、持ち物が盗まれると言ったりする | |
対応困難行動のコントロール | 19. いらいらしてすぐ怒ったりする |
20. 物を投げたり、叩いたり蹴ったりする | |
21. 大声で叫んだり、罵ったり非難したりする | |
22. 介助に抵抗する | |
23. 身体を揺すったり、歩き回ったり、壁を叩いたりなど行動を休みなく繰り返し、落ち着きがなく緊張している | |
24. 繰り返し外に出ていく |
その大きな原因の一つとしては、他者と良好な関係を持って生活することが難しいことが挙げられる。「介護者への激しい介護抵抗」や「頻繁に大声を出す」、「他者とのトラブル(口げんか等)」などのBPSDが、他者との溝を深めているのだ。
BPSD軽減の意義② 介護者の負担軽減
BPSDは、認知症高齢者の介護者にとって、肉体的にも精神的にも負担が非常に大きく、いわゆる「介護職の離職率の増加」「介護疲れ」の問題に拍車をかけることにつながっている。
例えば、高齢者専用の長期滞在型のケア施設などでは、多くの場合「集団レクリエーションの時間」が日課として設けられている。ここでは、身体の運動や脳を刺激するメニューが行われている。しかしBPSDのために、レクリエーションへの参加が著しく阻害されるケースを頻繁に目にする。
和やかな雰囲気の中でレクリエーションを行っている中、突然一人の男性が大声で怒りながら立ち上がり、自室へ帰ろうとする。その男性に対して、ほかの参加者が過剰に反応して興奮気味に罵声を浴びせるなどし、レクリエーションが中断してしまう……などは、珍しくない事象である。
BPSDが軽減すれば、介護者の負担も減り、介護職従事者もやりがいを持って仕事ができる。「介護問題」の解決策としても、強く求められているのだ。
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