H.P.FRANCE所属のバイヤーとして、「destination Tokyo」「goldie H.P.FRANCE」「TIME&EFFORT」などのセレクトを手がけて牽引してきた鎌倉泰子さんが、気になるデザイナーを訪問。対談を通じて、その魅力やものづくりに迫ります。
初回は、バイヤーとして長いお付き合いというレザーバッグブランド「Coquette(コケット)」。「女性が持ってかわいいけれど、『経年変化も楽しめる』レザーバッグって実はあんまりない!」と、鎌倉さんは絶賛します。
実は、デザイナー・林きょうこさんに、そのものづくりについてじっくり尋ねるのは初めてとも。
鎌倉: 林さんとのお付き合いは、ちょうど10年ですね。林さんはブランドを立ち上げる前は、化粧品のお仕事をされてたんですよね。それが一転、バッグデザイナーになったのは、どういうきっかけからだったんですか?
林きょうこさん(以下、林): 前職は大手化粧品会社で、リップやマスカラなどのポイントメイクの「色」に関わる仕事をしていました。
もともと趣味でバッグを作ってたんですけど、前職のニューヨーク出張にも、自分で作ったバッグを持って行ってたんです。そしたら、1日3人くらいに「それどこのバッグ?」って聞かれたんです。しかも、「Henri Bendel(ヘンリ・ベンデル)」や、当時SOHOで注目を集めはじめていた「Steven Alan(スティーブン・アラン)」のショップスタッフさんに!
鎌倉: すごい! 海外の、いわばオシャレの「プロ」の目に留まったってことじゃないですか……!
林: 自分でもびっくりしました! 「私に売ってくれない? 13,000円くらい?」と言ってもらえたり、「Steven Alan」に至っては「本格的にバッグを作ることになったら教えて! スティーブンを紹介するから!」とまで、言ってもらえたりしました。
それがきっかけでしたね。そこで「やりたいことをやろう」と、2001年に会社を辞めました。
鎌倉: いつも尋ねてみたかったんですけど、なぜ「Coquette」というブランド名にしたんですか?
林: 「良いモノ」って、なにが良いのか……その理由・イメージを第三者に的確な言葉で伝えるのって、すごく難しいですよね。前職のときも、色それぞれの良さ・イメージを伝えるうえで、難しさを毎日感じていました。
そんなとき、先輩から「コケットな女(Hélène Millerand著、伊藤緋紗子訳、PHP研究所、1998) *アマゾンへ遷移します」という本を勧められたんです。「良いオンナ」になるための指南書のような本で、そこからいただきました。
林: 「COQUETTE(コケット)」とは、ざっくりいうと「芯の強い」「小粋な」という意味。
ブランド12年目の2015年に香水を発表したんですけど、フランス人の調香師の方が、「『Coquette』という言葉には、『人になにかを〈プラスする〉、〈プラスするモノやこと〉、〈アドバイスする人〉』という意味もある。だから、人にバッグを提案する〈プラスする〉ブランドが、ほかにプラスするアイテムとして香水を選んだことはすごく良い」と言ってくれました。その言葉で「名前に縛られることないブランド名なんだ」と再認識できて、名乗ってきて良かったと思いましたね。
女性による、女性のためのレザーバッグ
鎌倉: 生意気なことを言いますけど、女性デザイナーの中には、年齢を重ねたことで作るモノが変わってくる、ということがあります。そこへいくと「Coquette」にはそういうことがない。唐突な作品もなく、作風とクオリティが安定している……決して、「びっくり!」はさせられないんです。
だけど毎シーズン必ず、「これは新しい!」「ほかでは見たことがない」っていうテクニックやデザインがあるんですよね。
林: ありがとうございます。鎌倉さんはいつも、ブランドが変化している大きな流れを汲み取ったうえで、デザインのこと尋ねてくれますよね。うれしいです。ちなみに今シーズン、どの商品を気に入ってくれました?
鎌倉: マーブリングがきれいなトートバッグかな。試行錯誤を重ねた技術には驚いたし、楽しいバッグに仕上がっていますよね。
鎌倉: あと、ヌメ革にリボンがついてるトートバッグ! あれはびっくりしました。ヌメ革って、日光に当たると1日で変色するし、荒削りな素材だから、女性より男性のほうが好まれますよね。なのに、あえて女の子らしいリボンを付けちゃうコントラストがスゴイです。
〈色が変わってしまう〉ことについては、どう捉えていたんですか?
林: 「ヌメ革はそういうもの」と、シンプルに考えてましたね。でもヌメ革のイメージを変えるような、かわいいものを作りたいと思って、リボンをつけました。
鎌倉: 女性には、「この色が良い」「ずっと買ったときの、きれいなままで使いたい」って方も少なくなくて、革製品選びの基準が、「素材の良さ」ではないこともあります。私は、それが日本の革産業を悩ませる問題の一つ、くらいに思うんです。
「いつまでもきれいなままで……」となると、顔料を上に塗る必要がある。すると、どうしても革そのものの良さが分かりにくくなってしまうし、色の展開数では欧米に勝てないときもありますよね。「ヌメ革+リボン」という組み合わせ方は、そうした「枠」を大胆に飛び越えている感じがしました。
林: おっしゃるとおり、ヌメ革はその変化を楽しめる人でないと、あえて買わないと思います。
「Coquette」では、箔を貼るなどの二次・三次加工で、革が非常にゆっくり変わっていくよう仕上げているんです。
例えば2色のバッグのうち、どちらにしようかさんざん悩んで買ったのに、ベースの革が同じだからって、同じような色に変わってしまったら、なんだかつまらないですよね。時間が経ってからも、「やっぱりこの色を選んでよかった」と思っていただけるような加工ができないか、いつも考えています。
〈女性が革の変化を楽しみながら長く使える加工〉を探りながらやっていたら、商品の見え方も幅が広がったし、より女性らしい華やかなものができるようになりました。結果的に、「Coquette」らしさを出すためにも、素材の加工を追及しています。
日本製のレザーを選ぶ理由
林: 型押しや箔などの「加工」に出合えたことは、「Coquette」にとって、とても良かったできごと。加工は、デビュー以来ずっと「墨田キール」さんにお世話になっています。
小ロットでも作っていただけるということで、ご紹介いただいたのがご縁なんですが、1959年創業の皮革製造加工のメーカーさんです。
鎌倉: ロットは本当に頭の痛い問題だから、それは貴重な出合いですよね。でも、だからといって林さんがイメージするとおりのものを作ってもらえるか……となると、それはまた別の話なのかな? って思ったり……。
林: そのとおりなんですよ。「墨田キール」は、型押しと箔が得意ですが、私は前職の経験もあって、特に色のニュアンスを正確に伝えるのは本当に難しいと思ってました。
デビューコレクションではパール加工をお願いしたんですけど、光り方一つとっても、混ざっている色の赤み・青みの量、グリッターの大きさとその一つひとつの距離……私が細かくリクエストするので、聞くほうもたいへんだったと思います。
でも、職人さんにも社長さんにも一生懸命説明していたら、その場でパパッと調色してくれたんです。しかも、乳飲料の紙パックの中で! それが「まさにその色!!!」って感じで、嬉しくて半泣きでしたよ(笑)。思い描いていたものが目の前でかたちになるのを見るのは衝撃的でした。
鎌倉: 「キャリア」と「感覚」は違いますもんね。でも、正確に伝えきれる林さんの熱意と説明力もすごいし、それを正確に汲み取る職人さんもすごい。
林: 化粧品会社に勤めていたときすら、ドンピシャで分かってもらえることはありませんでした。だから、言葉にならない「感覚」でしか共感できないものを通わせ合えて、「墨田キールさんとだったら、私の作りたいモノが作れる!」と思いました。
でも、日本製にこだわる理由はシンプルで、日本の人とモノづくりするほうが、私にはやりやすいから。
海外でも良いもの作りをしているところたくさんあります。ただ、「良いモノを作ろう」と考えると、気持ち的にも物理的にも距離が近いほうが良い。工程の確認や意思の疎通はあればあるほど、「一緒に良いモノ作ろう!」って気持ちになりますよね。言葉の問題を除いても、日本人だからこそ伝えられるものがあると思うし、海外の工場とではなかなかできないことだと思うんです。
デザインと技術のバランス
林: そうして最初に作ったのが、この白いバッグです。
鎌倉: 個性的でかわいい! ホワイトといっても、フタの部分だけがピンクがかった偏光パールで、他のところはふつうの白。パンチング加工を加えて、場所によって違う型押しに、留め具はオリジナル……。お客さまに説明すべき技術・こだわりがたくさん詰まってますね! 販売する人がお客さまにちゃんとその説明をしてくれるのだろうか……って、心配されたのではないですか?
林: いえ、そもそも考えない! 「ここはこんな技術で実はこうなっていて……」と、説明しなければ売れないものはダメって思ってるんです。販売員さんの力はとても大きいけれど、それに頼るのではなく、お客さま自ら手に取ってくれるようなモノを作りたいんです。
鎌倉: おおよそ、ものを買うきっかけは、技術や機能を聞く前の「これがいい!」といい最初の気持ちで、やっぱり「見た目」。技術や機能は、その後の愛着につながっていくのだと思います。
林: そうそう。作り手のこだわりはお客さまの「検討材料」の一つにはなると思いますけど、かわいさと技術の割合が同じくらいがいいな、と思うんです。すばらしい技術をデザインに取り込み、実際のモノにして世の中に出していくのが私の仕事。でも、技術を伝えるためのデザインって、魅力を伝えるのにウンチクばかり必要になって、最初の印象が弱くなってしまったりするのも事実なんですよね。お客さまは技術を買うのではありませんから、「技術×デザイン」のバランスはいつも考えています。
鎌倉: 日本の職人さんの持つ技術は確かに大事。だけど、だからってお金をいただける時代ではないですよね。良いモノっていうのは、「この時代にはこの技術、この感覚、この人がいて……」という接点をまとめあげることで生まれるのかなと思うんです。だから林さんのような「感覚」が必要。
林: 人に選んでもらえるクオリティとオリジナリティのある商品とは、「この技術がないとこの美しさにはならない」ということが分かるデザインであることだと思うんです。そういう関係を「墨田キール」さんと築けているのはすごく恵まれたことだなって思っています。
実は過去に、「墨田キール」に「Coquette」の財布を持ち込んで、「同じ革を作ってほしい」と依頼した会社があったそうです。「Coquette」のデザインは私のものですが、型押しする「型」は工場のもの。工場にとっては、型を他社製品に使っても問題はありません。
だけど「墨田キール」の社長が、「型はウチのだけど、型と色を組み合わせた〈デザイン〉は林さんのモノだから、同じモノは作れない」と断ってくれたそうです。それを聞いたときは、とても嬉しかった……!
鎌倉: 互いに「この人とでなければこれは生まれなかったんだ」と思い合ってたんですね。素敵です! デザイナーが「この技術はすごいんです」というのと同時に、職人さんは「うちの素材がこんなおもしろい商品になった」と知ることができるような、尊敬し合える関係が理想的ですよね。
次の世代の職人を育てる
鎌倉: 実際に職人さんたちと接していて、これからの革産業について思うことはありますか?
林: 職人さんは個人で活動しているのではなくて、仕事を振り分ける「親方」がいます。でも最近は、「親方」に仕事を依頼するデザイナー/メーカーが減り、職人さんの仕事が減ってきています。
それに、急速に職人さんの高齢化が進んでいることが心配です。いま前線で働いている方々は、じきに働けなくなってしまいます。目が見えなくなってきてミシンが追えないというのは、現実の問題。技術・知恵はあっても、実際に商品にするための縫製力がなくなるということです。
鎌倉: 「良いモノを作っていれば誰かが見ていてくれる」と信じたいですが、それすらできなくなっていっているのですね。
林: そこで弊社も、OEM(※他社ブランドの製造だけを請け負うこと)の窓口を始めたんです。必要としている人に必要な技術を紹介して、職人さんや工場にお金がまわると良い。その中で私自身にとっても新たな出会いがあると思うので、そこでまた新しいものづくりに挑戦してみたいですね。
鎌倉: デザイナーであり、作る現場を近くで見ている林さんでなければできないことですよね。バッグ業界に新しい風穴を開けるようで、これからが楽しみです。さて、12年間ブランドをやってきて(2016年現在)、これからどんなことに挑戦していきたいですか?
林: 「Coquette」としてやってみたいことは、まだまだたくさんあります。コレクションや販路を広げながら、何を誰と作りたいのか見つめ直し、大事にものづくりを続けたいですね。あと、せっかく実店舗を持っているので、店舗でしかできないことを、何かやってみたい。
革産業を考えると、「学べる場所を作る」というのも急務。だから、いま前線に立つ方々に先生になっていただける場を作りたいと思っています。そこで育っていった人たちと、また一緒に仕事ができたら嬉しいですよね。いずれ実現したいです!
(対談ここまで)
最後にそっと林さんが打ち明けてくれたのは、強い意志を持ち続けたことでたどり着いた喜び。
革製品は決して安いものではありません。一大決心をして鞄を買い、毎日使い、修理をして、いつまでも使いたい……お客さまが修理品を持ち込まれるたび、そんなお客さまの気持ちを感じる、と林さんは言います。
「良いモノを長く使いたい」という、シンプルだけど強い思いをお客さまと共有できていると喜びを感じる瞬間なのだそうです。
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