道の途中、ざわめく交差点。日常にアートが溶け込む彫刻家・美藤圭の世界

A Picture of $name 渡部えみ Photography Courtesy of 2B Works 2016. 3. 16

「なんて穏やかな佇まいだろう」

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この彫刻作品に出合い、一目で心を奪われた。彼女がそこに佇むだけで、周りの空気が柔く、温かくなっていく。
彼女の名は、「うつわ」。

アートは、よく分からない。
でも、この作品に心があるのは、分かる。

どんなことも微笑み受け止める、大きなうつわを彼女は持っている。

語り始める作品たち

彼女を生み出したのは、兵庫県豊岡市に工房「2B Works」を構える彫刻家・美藤圭(びとう・けい)さん。美藤作品の大きな魅力は、作品一体一体からにじみ出る個性と人生、と思う。姿勢、肉づき、表情……全てが重なり、見る人の頭の中で作品が動き出す。

例えば、だ。彼らに人生相談をしてみよう。

ーー最近やる気が出ないんですけど、どうしたらいいですかね?

前出のうつわちゃんなら、きっと「そうなのね。きっとちょっと疲れちゃったのね。ここで少し休んだらいいわ」なんて、優しく包み込んでくれるに違いない。

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なーにとぼけたこと言ってんの! シャキッとしなさい、シャキッと。
ーー『花』

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どうしたらいいべー?

えー、辞めっちゃったらいいんじゃね?
ーー『市民(群像)』

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……(微笑)
ーー『市民(群像)』

……とまぁ、妄想が膨らむ、膨らむ。脳内で会話をしているうちに、彼らの背後にある景色まで浮かんでくるようだ。

実は最初、このような「作品への人生相談」を記事に取り入れるのは作品に“色つけ”するようで、美藤さんに相談するのは内心ビクビクしていた。

しかし、返ってきたのは寛大な答え。

おもしろそうです! 作品には自分の中のイメージもありますが、見る人によって捉え方も違うと思うので、全然アリです。
 というか、それありきの作品でもあるので。作品を深めてくれるのは、いつも第三者です。

見る人によって違った捉え方をしてもらってこその作品ーーその言葉の意味をいま少し深く問うてみたくなった。

美藤圭さん。2016年1月、東京で開催されたグループ展にてお話を伺った。

美藤圭さん。2016年1月、東京で開催されたグループ展にてお話を伺った。(筆者撮影)

人が見ることで作品が完結する

作品の元となるのは、人間観察が好きな美藤さんが書き溜めたスケッチ。行き交う人々を眺めていると、人の感情が溢れているのが分かるのだという。

例えば、早朝の電車で幸せそうに寝ているサラリーマンとか、「どんな良いことがあったんだろう」って思いますよね。
 話すだけでは伝わらない、日常のひとコマに潜むおもしろさの共感を得たくて彫っているのかもしれません。

また、美藤作品には、時折「雲」が出てくる。
 アクリル絵の具で極彩色に塗った上から白を乗せ、削る。覆い隠してもうっすらと透けて見える色たちは、にじみ出るさまざまな感情の象徴なのだそう。

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美藤さんにとって、「雲」はとても大切なモチーフ。極彩色の雲は見る人によって、時に一人では抱えきれない悩みに、時にこみ上げる喜びになる。(『みごもる』)

「雲を描け」と言われて、同じ雲を描く人は一人もいない。それと同じで、この雲を見て捉え方が違ってもいい。見る人によって違った意味合いの作品が完成する、人が見ることで完結する作品があってもいいと思うんです。

日常と交わる場所にいつもとは違う風景を生む

彫刻家であるとともに、家具職人でもある美藤さん。いずれも木を扱うという共通点があるとはいえ、違った技術や知識が必要なように思われる。しかし、美藤さんの表現したい「アート」には、どちらも必要なのだという。

展示物を見るためにわざわざ出かけるのではなく、日常と交わる場所にある、いつもとは違う風景を持つ「空間」が僕の考えるアートです。

2015年12月、豊岡劇場で開催された「一人々々展ひとりひとりてん」もその一つ。ギャラリーではなく、映画館のカフェという人が集う空間に美藤さんの作品があるだけで、日常の風景が違って見える。その風景を、見る人がそれぞれに切り取り、ストーリーを描くことで、さらに作品が深みを増していく。

映画館の片隅で、さまざまな◎◎の 等 形容詞的な表現を一言人間模様を展開した「一人々々展」。開催時には、来場者が撮影した画像をSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に投稿するイベントも行われた。

映画館の片隅で、織りなされる人間模様を展開した「一人々々展」。ざわざわが聞こえてくる。開催時には、来場者が撮影した画像をSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に投稿するイベントも行われた。

今後は、さまざまな職種の職人とコラボレーションしながら空間をまるごと作っていく予定もあるのだそう。人の集う空間に、家具は欠かせない。

道筋に添った寄り道の途中で

2015年に独立し、故郷に工房を構えた美藤さんだが、家具の専門学校を卒業後はデザイン事務所での設計・現場監督をはじめ、個人工房、老舗家具メーカーなどでさまざまな経験を積んできた。

そんな美藤さんの辿ってきた道には、道しるべとなる存在がいる。
 専門学校時代に出会った恩師だ。この出会いがあったからこそ、いま歩む道を描くことができたとも。

歩む道でのさまざまな人との出会い。視点を変えれば、景色は違って見える。「若い人は、無意識に濃く色づけしているようです」。

歩む道でのさまざまな人との出会い。焦点をずらせば、景色は違って見える。「若い人は、無意識に濃く色づけしているようです」。

道筋に添った寄り道をしなさい、というのが師の教えです。寄り道したぶんだけ、人生は肉づけされる。いましていることもきっと、寄り道の一部なんだと思います。

定規を使わずにラインを引き、美しいと感じたラインの寸法を図り、自分だけの数値を知る。多くのことを体感してこそ、独自の発想が生まれる ーーそんな教え一つひとつが、家具と彫刻が共存する美藤さんの自由な表現につながっている。

寄り道をしながら、自分の軸を確かなものにしていく。
 まだまだ、道の途中だ。

最終的になりたい姿はいまだ見えていません。そんなにすぐ答えを出してしまうのはもったいないですよね。

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