服が生まれるまでのたくさんの工程の中で、私たちの目に触れることなく消えていく生地がある。
その生地は、トワルと呼ばれる試作品を作るときに使われる「シーチング」。染色や加工などが一切されていないコットン生地を指す。
シーチングは、トワルでシルエットやデザインの確認ができたら、あとは不要になって処分するのが「ふつう」だ。
(左)シーチング生地の表面、(右)シーチング生地のモチーフ付きピアス(ひのき×パールピアス・Triangle〈¥5,900+税〉)
しかしここに、素材としてのシーチングに惚れ込んだブランドがある。
もともとアパレルでの仕事をしていた須田淳一郎さん・理砂さん夫妻。シーチングの優しい色と素朴な風合いを日々の暮らしに取り入れられたら……と、デザイナーの経歴を持つ理砂さんがアクセサリーに描き出し、淳一郎さんが形にする。
ふだんは表舞台に立つことないシーチング生地をメインに使った雑貨&アクセサリーのブランド「KINARIYA(キナリヤ)」に込められた思いを尋ねた。
上質な服づくりに欠かせない膨大な量のシーチング
シーチング生地は、最終製品に使われることのない、いわば「裏方」の生地。なぜその生地をメインに使うことにしたのか?
服を作るときは、パタンナーが型紙を作り、トワルという服の原型・試作品を作る。一回作って終わるときもあれば、ものによっては何度も作ることもある。
先入観なく形やサイズをチェックできる生地なんです。
そう話す淳一郎さんは、「KINARIYA」を立ち上げるまでは、世界的なコレクションブランドでパタンナーとして勤務していた。シーチングに触れ続ける日々。徐々にその端正な美しさに惹かれていった。
そのブランドではありとあらゆる上質な生地を扱ってきましたが、どんな生地よりもシーチングのほうが良いと思うほど好きになりました。
トワルは、試作品としての役目を終えると必要のないもの。最終的には廃棄するよりほかはない。
淳一郎さんもブランド勤務時代、特にコレクション期間中は試作を重ねるため、一人で45リットルのゴミ袋2つ分のシーチングを使っていた。
すごい好きな、きれいな生地なのに、もったいない。使われなくなったトワルを使って何かできないか? ――淳一郎さんのそんな思いが「KINARIYA」の原点になった。
シーチングの可能性に気づいた
しかし、なかなか「シーチングが好き」という人は珍しい。また「もったいない」と思ったとしても、それが服づくりにおいて当然の作業ならば、見過ごしても仕方ないのかもしれない。
彼から「シーチング好きなんだよ、キレイなんだよ」と聞いていましたが、いっしょに仕事するまではピンと来ていませんでした。
かたやデザイナーとして企業に勤めていた理砂さんは、そう振り返る。
会社員時代の理砂さんは、一般向けのブランドに向けたデザインを担当していたが、『そんなに作りこんだトワルを見たことなかった』という。
現在の服づくりは高速で作る数も多い。トワルを作る手間は掛けられず、「簡単に形が分かれば良いもの」であるのが現状だ。
「過去の商品を応用すれば、トワルを作らずともパターンは作れる(商社製品部勤務・男性)」
「買ってきた他社商品のパターンを流用するだけで済ませる(SPAブランド勤務・女性)」
「海外の縫製工場に頼めば、パターンどおりに仕上がらないところもある(OEMメーカー勤務・女性)」。
高級ブランドでない限り、トワルを作ってまでパターンを作り込む必要はないとする企業は少なくない。
理砂さんにとっても、シワが入ったまま、裾も切りっぱなし、縫わずにピンで止めたもので十分だった。
しかしそんな見方を変えたのは、淳一郎さんのブランド勤務時代に作ったトワルだった。
彼のこれまでの仕事を見て、「そういうことか!」と思いました。きちんと作り込めば、すごくキレイに生きる生地なんです。
シーチングという素材の可能性を信じ、ブランド名はその生成り色からとって「KINARIYA」にした。
アクセサリーに生きるアパレルの知識と技術
生地で作ったアクセサリーを探してみると、生地のほつれ感を生かしたものや、ギャザーを寄せたコサージュ状のものを多く見かけた。『もっとフラットなものを』と、いまのデザインに。
アクセサリーを学んだことも経験もない。しかしこれまでアパレルで培った知識や技術が、いま生かされている。
「KINARIYA」の特徴でもある、異素材ミックス。シーチング・木・アクリルと、柔軟にいろんな素材を組み合わせている。そこには、理砂さんの会社員時代の経験が。
レースやビジュー、変わったボタンを使ったり、さらにプリントを入れたりと、いろんな付属品や素材の組み合わせをするブランドのデザインをするうちに、得意になっていったのだという。
また2015年秋冬に出した、シーチング生地に相良刺繍をあしらったモチーフ。スタジャンのワッペンなどに使われるモコモコした刺繍のことだ。アクセサリーに応用してみると、温かみのある秋冬らしいものに仕上がった。
次は、プリントの新しい見せ方にも挑戦したいとも。2016年春夏に向けては、メタリック調に仕上がる「箔プリント」を試しているところという。ほかにさまざまな刺繍技術も応用していきたいと話す。
アパレルの技術はたくさん知っているので、それを使ってできることはまだまだあると思っています。
そう口を揃える。
シーチングという無垢な素材の上で、二人の自由な発想が輝く。
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