プレゼントするのに相手の好みが分からない……ということがある。2013年に登場したニットブランド「CHOOSE KNIT(チューズ・ニット)」は、手軽に「オーダーメイド」という特別な一品を贈ることができることで話題。ニットアイテムを贈りたい相手に専用のオーダーブックを送れば、受け取った人が好きなデザインに組み合わせてオーダーできるという新しいしくみだ。
(Photography: Courtesy of CHOOSE KNIT)
オーダーされた製品を作るのは、栃木県佐野市に続くニット工場・大島メリヤス株式会社。「CHOOSE KNIT」を立ち上げた大島宏之自身が生まれ育った実家でもある。
しかし大島自身はふだんデザイン事務所を経営しており、ウェブや紙媒体のデザインを生業にしている。「(実家の工場を)継ぐ気は全くなかった」という大島の挑戦にいっしょに臨むのが父・啓司さんだ。
息子の熱意にそっと並走する父――別々の道を進んだ親子の、新たな発想への二人三脚を聞いた。
―― 大島メリヤスというご実家の工場があってこそ生まれた「CHOOSE KNIT」ですが、まず大島メリヤスとはどんな工場なのでしょう?
父・啓司さん: 2015年で創業53年になる、横編みニットの工場です。創業は私の親父。私はもともとものづくりは好きで、同じ糸を使っていても無限にいろんな編み方ができるのが、ニットのおもしろいところです。親父にきちんと教わったわけではないですが、工場のすぐ隣に家があったから、知らず知らずのうちに、体で覚えてたっていう感じですね。
宏之さん: 逆に僕は継ぐつもりがいっさいなくて。はっきり言って、これからも継ぐ気はないんです。音楽やるって言って家を出ましたし(笑)。いまはいろんなご縁のおかげでデザイン業をやっています。
父・啓司さん: 右肩上がりに成長している業界なら継いでほしい気持ちもありますけど、いまニット業界は成長する業界でもないと思うので、私も積極的に継いでほしい気持ちもなかったです。自分がけっこう苦労したのでね。
宏之さん: だから「CHOOSE KNIT」を始めるにしても、ぜんぜんニットのこと知らなかったんですよ。編みと織りの違いも知らなかったくらい。
―― そんな宏之さんから「いっしょに何かやりたい」って言ったときはびっくりされたんじゃないですか?
父・啓司さん: びっくりはしなかったです。言われる前から、うちの状況とかいろいろ聞いてきていたので……(笑)。
宏之さん: なんだかんだ、ずっと親父の工場といっしょになにかやりたい、とは思ってたんですよ。ふだん仕事では、アパレルメーカーやブランドさんのお手伝いをしてるんですが、ゼロからイチを作るっていうのは非常に価値があることで、それができるクライアントさんたちがうらやましいって思うことが、何度もあったんです。
でもそのときふと、「そういえばウチは製造業だった!」って。それに「工場はこんなに頑張ってるんだから、もっとフィーチャーされていい」って気持ちもずっとあったんですよね。
ただ僕が打診したとき、あんまり親父は乗り気じゃなかったですね。「そんな簡単じゃないよ……」みたいな。
父・啓司さん: うん、それもあるし、直接お客さんに販売するにしても、我々ニッター(※ニットメーカーのこと)は、アパレルの業務のこと分からないですから。
ただやっぱり、旧態依然として同じようなことだけやってても良くない、何か新しいものを取り入れていかないといけないな……っていうのは私も考えてましたから。「CHOOSE KNIT」が起爆剤になって、なにか進展があればいい、と。
宏之さん: 最初に親父に言ったときは、ニットの洋服をやろうと思ってたんです。それでサンプルも作ったんですけど、やっぱり無理でした。洋服のデザインをちゃんと知っている人が内部にいないから。
いつも親父が言うんですけど、工場で作る製品はあくまでデザイナーさんのプロダクトで、工場は製造っていうところでお手伝いしているっていう立ち位置なんですよ。
父・啓司さん: そうですね。自分たちで何もないところから全部作り上げているってことではないです。持ち込んでもらったアイディアと、私たちが持っているノウハウを組み合わせて、新しいモノができていくっていうことのほうが多いですよね。
だからそのときは、ある程度ライナップが揃えられるアイテムを考えてやったほうがいいんじゃないか? やみくもにいろんなアイテムに手を広げても良くないんじゃないか? というのは言いましたね。
宏之さん: 実際やってみて、それがよく分かった。やっぱりブランドはブランドのもの。だけど技術がないとできないから、ブランドと製造はどっちもないとだめなんですよね。それで、「CHOOSE KNIT」はスタンダードで、素材も作りも良く、お客さまが「デザイナー」になって選ぶことで、いっしょに完成するものを作ることにしたんです。
―― それでカスタムオーダー制になったワケですね。
宏之さん: それも、いまさらニットをやる価値を考えたときに「工場が嫌がる、いちばんめんどくさいことやろう」と思ったんです。大量生産で「同じものをたくさん作る」っていうのが工場の目的の一つ。その逆を張れば、僕らにしかできないことができて、価値になるんじゃないかって。
だけど、完全なオーダーメイド品だと市場で広まらない。ならばフォーマットだけ作って、お客さんが色とかを選ぶ余白を作ったらどうかな、と。「そういうのはできないのか?」って親父に聞いたら「できなくはない」って。
父・啓司さん: 「CHOOSE KNIT」専用に機械を1台確保することはいまはできないので、マフラーやブランケットとか、シンプルな作りのものなら……とは言いました。
ただ、いままでの我々の仕事っていうのは、まとまった量の受注をいただいて計画的に生産することが多いので、「CHOOSE KNIT」のような受注生産っていうのは、いままでとぜんぜん違いますよね。できるかどうか分からないけど、まずはやってみよう、って感じでした。
―― ベーシックなライナップで、既成品を販売するっていう手もあったと思いますが……?
宏之さん: それはいまでも悩みますよ! なにより、分かりやすいですし。
父・啓司さん: 確かに既成品を販売するほうが簡単なんですが、「CHOOSE KNIT」はいろんな部分がアナログで、そこがやっぱり持ち味になっているので、これからも残さないといけない部分なんじゃないですか。
宏之さん: うん、お客さんがデザインする過程で、家族や友人、大事な人とコミュニケーションが生まれたら「CHOOSE KNIT」がその人にとって特別なモノになるのかなって思います。
子ども用オーダーブックは絵本状になっており、話に沿ってシールを貼りオーダーする。親子の会話の機会を狙った。(提供:CHOOSE KNIT)
―― 親子でいっしょにアイディアを育てているような印象ですが、やっぱり親子だからやりやすい、ということはありますか?
父・啓司さん: 親子でやるのは良いところも悪いところもありますよね。怒ろうと思ったときもありますけど、長年やってて、自分のほうが考え方が凝り固まっているのかなと思う部分もあるので……。
宏之さん: 僕は「まずはやってみようよ」って思うのに、親父は「なんでもかんでもやればいいってもんじゃない」って……そんな平行線はあったりしましたね。あと、「中国のほうがクオリティ高いものあるじゃん」って言ったときは怒ってたよね。
父・啓司さん: そりゃあ、我々からすれば中国は後発で、私らだってプライドもあるし。
―― そうやって、言いたいことをきっぱり言い合いながらものづくりができるのは、やはり親子ならではの強みかもしれません。やはり「取引先」にそこまで言うのは難しいと思いますし……。さて、ニット工場も跡継ぎ問題を抱えていますが……?
宏之さん: ニッターって、いわゆる「Made in Japan」の中でもいちばん弱いと思うんですよ。イギリスやオーストラリアから入ってきて、日本の技術じゃないから歴史が浅い。創業100年なんてニッターさんはいないし、歴史も工房もまだ残ってる織物と違って、伝統工芸にはならないんです。
父・啓司さん: もともと日本は着物文化だからね。ウチは他がやらないようなことにチャレンジしてたからまだノウハウが残ってるんで、いろんな引き出しから引っ張り出しながら、なんとか続けているような感じです。
ほかのニッターさんも、倅が継いでやっているところは継続してますけど、ほぼ親の代で終わりでしょうね。昔はアパレルさんが工場に2〜3日泊まりこんで、「あーでもないこーでもない」ってやってた時代がありましたけど、いまはそういう時代じゃなくなりましたね。
宏之さん: 「ものづくり楽しいじゃん!」っていうムードが世の中で増したら、自然と後継者は増えていくんじゃないかなって思うんですけど、淘汰されるものは淘汰されると思ってるんです。
僕にとって「CHOOSE KNIT」は、親父と親父といっしょにやってきた職人さんたちがすごいって思うからやりたいんですよ。それで工場が生き残れる道ってなんだろうって本気で考えだした。「世の中を良くしたい」っていう文脈で始まっていないんですよね。
いま親父の工場では、いとこたちが働いているんですけど、どうにか彼らの世代まで工場を続かせたいな。だからもっと売れなきゃだめ。工場が「おいしい仕事だ」って思うほど売れないと意味がない。
父・啓司さん: うん、利益が出てなんぼだし、スタッフも自分が手がけた商品が売れてるって聞くと嬉しいし、やる気が出るじゃないですか。それくらい「CHOOSE KNIT」が広まってくれるといいですね。
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