「Peace Diamonds(ピースダイヤモンド)」ファウンダーおよび非営利団体ダイヤモンド・フォー・ピース代表理事の村上千恵が、4回にわたってダイヤモンドとその背景について連載します。
第2回目の今回は、キンバリープロセス認証制度(以下、「キンバリープロセス」)の課題についてお話しします。キンバリープロセスとは、ダイヤモンド原石が紛争の資金源になることを予防するために、原石輸出時にその無関与性を証明を義務づける制度のこと。2002年にダイヤモンドを取り扱う国々が設立しました。ダイヤモンド産出国がキンバリープロセスを運用するために必要な法律を整備し始め、「紛争ダイヤモンド(*)は、悪である」という共通認識を持つに至った点は評価に値します。実際、1990年代と比較したら、紛争ダイヤモンドの流通量は減っているでしょう。
(※紛争ダイヤモンドとは、紛争の資金源となるダイヤモンドのこと。「ブラッドダイヤモンド」や「血塗られたダイヤモンド」と呼ばれることも。)
「キンバリープロセスがあるから大丈夫でしょ」は本当か?
ダイヤモンドについてご存じの方や業界の方からよく言われるのが、「キンバリープロセスがあるから、大丈夫でしょ(ダイヤには問題なんてないでしょ)」という言葉です。中には、「キンバリープロセスがあるから、ダイヤにはこんな問題はもう存在しない。お前は何を言ってるんだ」とお怒りになる方もいらっしゃるほど。
しかしキンバリープロセスは万能薬ではなく、多くの課題を抱えています。
もともとキンバリープロセスの目的は、「紛争の資金源」となるダイヤモンド原石を抑制すること。連載第1回の記事の中で、ダイヤモンドにまつわる課題に、紛争の資金源、極度の貧困、児童労働、人権侵害、(性)暴力、環境破壊などを挙げましたが、キンバリープロセスはこれらの課題のうち、「紛争の資金源」のみを対象としており、他の課題には一切関与しないというスタンスです。
それにもかかわらず、キンバリープロセスがダイヤに関わる全ての問題を解決している、と理解されていることも少なくありません。それではキンバリープロセスは、ダイヤモンドが紛争の資金源と化すのを本当に食い止められているのでしょうか?
紛争ダイヤモンドの定義
キンバリープロセスの公式文書では、紛争ダイヤモンドが次のように定義されています。
「紛争ダイヤモンドは、正当な政府を転覆させることを目的とする反政府軍によって起こされた紛争の資金源として用いられるダイヤモンド原石を意味する」(筆者訳)
(Kimberley Process Certification Scheme, Section Iより)
ポイント1:反政府軍による活動に限定
この定義によると、政府軍が紛争や人権抑圧に使う目的でダイヤモンドを資金源にしても、それは紛争ダイヤモンドではない、という解釈になります。
例えば、ジンバブエはムガベ大統領率いるジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線を旧与党とする、実質的軍事政権の国です。ジンバブエには大きなダイヤモンド鉱山があり、軍がそれらを制圧しています。最も有名なマランゲダイヤモンド鉱山では、軍や警察が子どもを含む地元住民を強制的に労働させ、拷問・暴力・レイプ・殺人をしたという報告も国際NGO・ヒューマンライツウォッチからされています*1。
それでもジンバブエのダイヤモンドはキンバリープロセスの紛争ダイヤモンドの定義に当てはまりません。結局同プロセスは、2010年にジンバブエのダイヤモンド輸出を認証・解禁し、一般の市場に流通させています*2。
付け加えると、反政府軍が政府軍に勝ち政権を奪取すれば、もともとの反政府軍は政府軍になります。ダイヤモンド産出国が多いアフリカでは未だ紛争が散発しており、反政府軍と政府軍が入れ替わることも珍しくありません。そのような状況下で、紛争ダイヤモンドの定義を「反政府軍による活動」に限定する理由は何なのでしょうか?
ポイント2:ダイヤモンド原石に限定
内戦・紛争の多いアフリカでは、ほとんどの国が原石を輸出しているため、紛争ダイヤモンドの定義がダイヤモンド「原石」に限定されているのかもしれません。これはつまり、カット・研磨済のダイヤであれば紛争の武器等を購入する資金源になっても「紛争ダイヤモンドではない」という解釈になります。
しかし、紛争が起こるのはアフリカに限った話ではありません。ダイヤモンドをカット・研磨・輸出する企業が納める税金が、紛争の資金源になっている可能性が高い国もあります。
例えばイスラエルは、ダイヤモンドの研磨・カット業界で有名で、世界三大カッティングセンターの一つといわれるほど。スーパーブランドの多くが、イスラエルでカット・研磨されたダイヤモンドを使っています。2013年のイスラエルから外国への全輸出額のうち、23.5%は研磨済みダイヤモンド、4.9%は未研磨のダイヤモンドが占めており*3、ダイヤモンドがイスラエル経済を牽引しているのは疑念の余地がありません。
イスラエルとパレスチナは長年断続的に戦っていますが、その軍事費を支える税金にはダイヤモンド業界からかなりの額がもたられていると推測できます。一説には、年間約1,000億円がイスラエルのダイヤモンド業界から軍事費に流れているという話もあります*4。
効果的な運用ができない加盟国
それでも、「反政府軍による紛争の資金源となるダイヤモンド原石」をまずは抑制できれば、キンバリープロセス自体は成功といえるかもしれません。ではキンバリープロセスは、その目的を果たせるような、十分な運用ができているでしょうか?
答えは残念ながら「NO」です。
キンバリープロセスは、加盟国が自主的に運用しています。強制力もなく、違反しても罰則はありません。加盟国の多くはアフリカ諸国で、決められたルールに則って制度を運用する能力がまだ十分でないケースも見られます。
筆者が2014年5月にリベリアのグランドケープマウント州で採掘担当官にインタビューを行ったところ、「違法採掘を取り締まる担当官は州に1〜2名しか配置されていない。取り締まりにはバイクを使うが、道がない奥地には行くのも大変で、ガソリン代も少額しか支給されていない。この状態で州全体を取り締まるのは無理だ」とのコメントでした。
リベリアの採掘担当省でキンバリープロセスを担当する副大臣に面会したときも、「キンバリープロセスの運用は難しい」という話でした。理由としては、①政府が違法採掘者を取り締まることができないこと、②統計をとることができないこと(地方から上がってくる数値が推定の数値でしかない)、③国境警備が甘く密輸を取り締まれないこと、などが挙がりました。
さらに、アフリカ諸国では紛争ダイヤモンドを抑止するより、原石輸出の際の税金を徴収するためにキンバリープロセスを用いているという報道もあります*5。
自ら定めた「紛争ダイヤモンド」にすら「NO」をいえない
最も由々しき課題は、キンバリープロセスは自ら定めた紛争ダイヤモンドの定義に当てはまるダイヤモンド原石にすら「NO」と言えないことです。
例えば、コンゴ民主共和国の東部では1990年代から武装勢力の活動が活発な紛争地帯で、いまでもしばしば政府軍や国連平和維持軍と衝突しています。武装勢力は東部地域のダイヤモンド等の鉱山を支配し、そこで地元住民に採掘させた鉱物資源が彼らの資金源となっています*6。しかしキンバリープロセスはコンゴ民主共和国のダイヤモンド原石を認証し続けています。同国がキンバリープロセスに報告した輸出額は2013年約230億円、2012年約260億円、2011年約335億円に上っています*7。
このように、キンバリープロセスがあっても、紛争ダイヤモンドが生み出されるのを止められていないのが現状です。
次回は、紛争ダイヤモンドや人権侵害・環境破壊等を経て採掘・カットされたダイヤモンドが、なぜ通常のサプライチェーンに流通しているのかを明らかにしていきます。
*1 “Diamonds in the Rough”, Human Rights Watch, 2009
*2 「『血のダイヤ』取引解禁でムガベ高笑い」ニューズウィーク日本版、2010年8月19日
*3 ジェトロ世界貿易投資報告2014年版、イスラエル
*4 Israel’s “Blood Diamonds” Boost Jeweller Profits as Gaza Bleeds, Global Research, Centre for Globalization
*5 BS世界のドキュメンタリー「ダイヤモンド・ロード(後)シエラレオネ・血塗られたダイヤモンド」、NHK、2007年
*6 ナショナルジオグラフィック日本版、2013年10月号
*7 Kimberley Process Participants and Observers, Participants, Democratic Republic Congo
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