「sabi-nuno」〜時と共に朽ち行く美を愛でる「錆染め」の世界

A Picture of $name 渡部えみ 2015. 2. 5

「身から出た錆」の「錆(サビ)」が自らの悪行の結果で苦しむ様を指すように、「錆」にはあまりいい印象がない。過去をたどっても、小学校の校庭に置かれた遊具の錆や、自転車のブレーキについた錆など、「なければいいのに」という記憶ばかりだ。

そんな悪しき「錆」で布が染められ美しい作品が生まれる、といったらみなさんは想像がつくだろうか?

実は錆は、先史時代に描かれた洞窟の壁画に使用された炭や土、鉱物などに続き、色つけのための顔料として用いられてきた歴史を持つ。今回ご紹介する「錆染め」とは、錆を顔料として、主に布を染める染色技法のことをいう。

感覚を刺激される「sabi-nuno」の世界

錆染めの魅力を知ったのは、2014年6月に開催された「sabi-nuno(サビ・ヌノ)」のインスタレーション展示「カサネルコト」がきっかけだった。風の通る空間に幾重にも重ねられ、揺れる錆の施された布(=錆布)が並ぶ様は、圧巻だった。

6月に開催された、「sabi-nuno」のインスタレーション展示「カサネルコト」の様子。

6月に開催された、「sabi-nuno」のインスタレーション展示「カサネルコト」の様子。

錆という単語からは想像できない色彩の幅と、錆の付きぐあいや布地の違いによって変わる手ざわり。見慣れたはずの現象によって描き出された、美しさと力強さ、それとは相反する儚さを眺めていると、一つひとつの感覚が鋭くなるのを感じた。


錆染めをより深く知りたくなり、千葉県松戸市に「sabi-nuno」を展開するMurakami Keicoさんを訪ねた。インスタレーション展示を見て、視覚や触覚を意識したことを伝えると、

それは嬉しいです。『sabi-nuno』のテーマの一つに「感覚」があります。人々の五感を刺激するものを作っていきたいと考えています。

とのこと。展示物は、制作を始めた当時のものから直近のものまで織り交ぜられており、「カサネルコト」のテーマには、布が重ねられる様だけでなく、時の流れや、見る人の思いなどさまざまなものを重ね見ることへの思いが込められていたという。

錆=水+熱+酸からのスタート

Murakamiさんが錆染めに出合ったのは、武蔵野美術大学在学中。大学の先輩が制作した錆染めの作品に衝撃を受け、自らも錆染めの道に足を踏み入れた。

教えてもらえたのは「水と熱と酸から錆が生まれる」という原理のみ。その原理を基に、大きな鉄板と向き合い、試行錯誤を繰り返した。

日本における錆染めを代表するテキスタイルデザイナーであり、テキスタイルアトリエ・NUNOの創設者の一人でもある須藤玲子氏や、同じくテキスタイルデザイナー・菊池学氏の錆染めに関する記述にも、「独自の」錆染め技法を用いている、とのみあるだけだ。錆染めには錆が生まれる原理のみが基本としてあり、染めの技法としては、おのおのに任せられている感がある。いわゆる「錆染め道」のようなものはなく、自分なりの技法を、自分で見つけるというのが興味深い。

「sabi-nuno」を展開するMurakami Kaicoさん。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、繊維製品企画デザイナーを経て、2011年、錆染めによるテキスタイルブランド「sabi-nuno」を設立。

「sabi-nuno」を展開するMurakami Kaicoさん。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、繊維製品企画デザイナーを経て、2011年、錆染めによるテキスタイルブランド「sabi-nuno」を設立。


錆染めに出合って以来、大学の課題もできる限り錆染めで制作した、というMurakamiさん。この頃から「感覚」や「布」といった、現在の「sabi-nuno」のコンセプトに通じるものを意識して取り組んでいたそうだ。

シンプルな工程と錆を育む長い時間

Murakamiさんの作品には、数日で仕上がるものから半年以上の時間を掛けるものまで存在する。自宅ガレージの作業スペースで、制作作業を見せていただいた。

鉄板の上に布を敷き、酢酸水を噴霧し、たっぷりの水で湿らせる。シンプルな工程だが、ここから思い描く錆を出せるまで水を与え続け、様子を見守るのだ。作品が仕上がるのは半年後になるかもしれない。根気のいる作業だ、と思う。

初めてMurakamiさんにお会いしたとき、身に纏った空気感がゆったりしていて、彼女の周りだけ時の流れが違うんじゃないかと感じたことを、ふと思い出した。

美しきかな、錆色の世界

次に気になっていた錆の色について伺った。錆といえば「茶色」というイメージしかなかった私にとって、Murakamiさんの作品で見た鮮やかな「青」や柔らかい「赤」はとても印象的だった。

茶色やオレンジなどの黄みの色は、一から鉄を酸化させて出しています。赤は、鉄を酸化させた弁柄(べんがら)、青は、銅を酸化させてできる緑青(ろくしょう)という錆を使用しています。

 錆染めによる色の比較(左)ふわりとした弁柄の赤、(右・上段)鮮やかな緑青の青、(右・下段)独特の手ざわりまで伝わってきそうな茶色。

錆染めによる色の比較(左)ふわりとした弁柄の赤、(右・上段)鮮やかな緑青の青、(右・下段)独特の手ざわりまで伝わってきそうな茶色。

時間をかけて育てる黄みの色に対して、弁柄の赤や緑青による青は画材として存在し、まさに絵の具のように描けるとのこと。この2つの異なる技法を併せることで「sabi-nuno」の世界観が生み出されている。

アートからプロダクト、クラフトへ

いままで見てきたのは、いわゆる「アート」の部分だが、「sabi-nuno」には、アクセサリーや服、帽子などといった「プロダクト」や、テーブルウェアや茶道に使用する古帛紗(こぶくさ)など「クラフト」といった商業的な顔もある。


錆染めの世界を知るきっかけとなればと思い、始めました。「sabi-nuno」は、布を媒体にして錆の世界を表現していますので、布で表現できるもの全てが、染める対象。その中から、身につけるものや生活の一部となる身近なものを中心に制作しています。

朽ちていく錆布に見出す老いの美

話を伺っている間にも、錆への愛情がひしひしと伝わってくる。Murakamiさんの目には錆はどのように映っているのだろうか。

錆で染めた布は、完成してからも緩やかに酸化を続け、変化していきます。その錆びていく様と、老いていく人間の生き様が重なります。また、こうなりたいとコントロールしようと思っても、思うようにはならいところもとても似ていると思います。年を重ねるごとに醸し出されるオーラや気品、重厚感は、変化し続ける錆にもいえること。錆を見ていると、老いていくことすら美しいと感じます。

最後に「sabi-nuno」、そしてMurakamiさんのこれからを伺った。

ともに時間を過ごして、そのものと向き合うことで、心がチューニングされ楽しく人生を送れるようなものを作っていきたいと思います。新しい試みとしては、物が持つ思い出を錆染めでもう一度蘇らせることができれば、と。例えば、錆びてしまった形見の品や思い出の場所から錆をいただいて、その錆で染めた作品をお渡しでしたら、きっとまた身近に思い出を置いて、楽しく人生を歩んで行けると思うんです。

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