世界一ウールを消費している日本人
先日訪れた取材先で、ウールは繊維全体の生産量のうち、2%以下しか作られていないレア・ファイバーなのだということを知りました。「ウールはとても身近な素材なのに……」と私が首を傾げていると、「それは日本人が世界で一番ウールを消費しているから、そう感じるのだ」と教えていただき、さらに驚きました。
国全体としての消費量は、中国・アメリカに次ぐ第3位なのですが、人口を考慮すると、日本人がダントツ1位となる計算です。日本は、サラリーマンのスーツ、学生や官庁の制服としての消費量が底上げしていることもあり、最高級の梳毛糸をたくさん消費しているのですね。
ウールの自給率は?
では、日本のウールの自給率は? これは、データがあるわけではありませんが、日本に2万頭前後しか羊がいないことを考えると、仮にその全ての羊から毛を採って利用したとしても、0.1%未満なのは、間違いないようです。
ウールに限らず自給率が低いことには、さまざまな問題があるといわれています。国内の農業の衰退を招くとか、輸送に伴う環境への悪影響とか、万が一輸入ができなくなった際にどうするのか……などなど。しかし私が考える、もう一つ重要な問題点は「人々が、その素材の背景に、興味を持たなくなってしまう」ということです。
小さいときから「お米は、お百姓さんが一生懸命作ってくれたのだから、一粒でも無駄にしちゃいけないよ」と教えられます。でもウールについて、その背景を語ってくれる人は、いったいどれだけいるのでしょうか? ウールにさわったとき、羊のヒストリーや牧場での羊の様子を思い描ける人がどれだけいるでしょうか? 興味を持たなくなると、生き物からいただいたものなのに、工場で生産される工業製品と勘違いして、本当の価値が分からないまま必要以上の消費をしてしまうことにつながる気がするのです。
日本の羊の飼育状況
では日本国内で、羊の飼育状況はどのようになっているのでしょうか?
日本で本格的に羊の飼育が始まったのは明治時代以降。それまでも、大陸から献上品として贈られたものがあるようですが、明確な記録は残っていません。明治に入り、西洋化の一環で畜産が振興される中、羊の飼育も始まりました。羊毛は軍服生産の原料として重宝され、国による羊増殖計画まで立てられるほどでした。第二次世界大戦後はさらに飼育が奨励され、昭和30年代前半には、羊の数は全国で100万頭にまで増えました。
ところが、高度経済成長の始まりとともに、羊毛も輸入が自由化され、海外から良質な羊毛を安価で輸入できるようになり、羊は日本では作る必要のないものと国から判断されてしまいました。路頭に迷った羊たちは、その後10年のうちに食べ尽くされ、昭和40年代前半には1万頭にまで減少してしまいました。その後、多少は増えたものの、国内の羊の数は現在も2万頭前後にとどまっています。そしてその多くは食肉用で、ほとんどの羊毛は廃棄されてしまうのが現状のようです。
国産ウール糸をつくる難しさ
そんな中、私を含め、国産のウール糸を生産しようとしている方々がいます。ところが、これがなかなか難しいのです。
まず、現在日本にいる羊の多くはサフォークという種類で、毛が硬くてメリノのような繊細さや弾力性がありません。ちなみに、日本の湿潤な気候ではメリノを飼育することはできません。
次は、ゴミ取りの問題です。刈った羊の毛は、まずゴミを取り除く必要があります。その処理には希硫酸の溶液を使用するのですが、1990年代に排水処理の問題に伴い、その処理ができる工場がなくなってしまいました。現在は、手作業で取り除くしかなく、なかなか全てきれいには取り除けないようです。
そして、高いコストの問題です。最初は小ロットで作らざるをえない状況もあり、硬くゴワゴワとしたウールが、輸入物のしなやかで上質なウールよりも値段が高くなってしまうのです。
国産ウールは付加価値となるか?
それでも、もしも消費者が、自給率を上げる必要性を感じ、「国産ウール」であることに付加価値を感じ、その付加価値に対価を払うのであれば、国産ウールの生産量はこれから増えていくことでしょう。品質の改良もされるかもしれません。
さて、みなさんは「国産ウール」という付加価値に、お金を払いますか?
私はやっぱり、デザインしだいかなぁ……と思います。メリノとは違った日本の羊毛の個性を生かしたデザインが心に響けば、よろこんでその付加価値に対価を払いたいと思います。