「ファストファッション」という言葉が登場したのは、2000年代も半ばの頃。以来「安い服には理由がある」と、不当な買い叩きや過剰な労動、環境への負担などが実際にスクープされ、取り沙汰されてきた。また、ファストファッションが「使い捨て文化を助長する」というのもよくいわれる。
確かにそういった問題はあるが、だからといって「ファストファッションは悪い」というのは、決して正解ではない。けっきょく、さまざまな要因が複雑に絡み合った結果だからだ。
「ファストファッション」の代表とされる「H&M」には実績がある。オーガニックコットン使用量世界一を誇り、衣料回収を進めるほか、さまざまな方面からサステナビリティに取り組んでいる。今春は、環境に配慮した洋服のケア方法を購入者に直接伝える「CLEVER CARE(クレバー・ケア)」という新しいラベル表示を導入し、消費者をサステナビリティに巻き込み始めた。
どうやってサステナビリティをビジネスに取り込んだのか? 「H&M」のコンシャス活動のスポークスパーソンであるCatarina Midby(カタリーナ・ミッドバイ)氏に、同社のサステナビリティの歩みと描く理想を尋ねた。
Q. 「H&M」がサステナビリティに取り組むようになったきっかけはなんだったのでしょう?
「H&M」は自社の製品に責任を持つ努力をしていましたが、90年代の時点では「行動規範(Code of Conduct)」と化学薬品の禁止リストしか整備されていませんでした。どういった問題があるか、ちゃんと気づいてなかったんですね。
それが2000年代に入り、私を含むデザインに関する全体的な方向性を決めるチームが取り組みを始めました。それは、2000年代初頭に起きた多数の災害がきっかけにもなっています。タイで大きな津波が起こり、世界各国でハリケーンなどの被害が相次ぎ(2004年)、友人や親戚を亡くした同僚もいました。そのとき、地球温暖化が私たちに直接影響を及ぼし始めているという実感が湧いたんですね。
そこで「何かしたい」と思いましたが、まずは学ぶことから始めました。製品を作るまでの工程の中でできることはないか、今までと変わらないデザインでサステナブルという価値をどう加えるかを考えるために、まずは知る必要がありました。
Q. それからこの十数年で「H&M」のサステナビリティに関する取り組みはめまぐるしく進歩しました。この十数年、いったい何があったのでしょう?
私たちはまず、繊維原料の生産から廃棄までの衣服のライフサイクル全体の中で、どの段階でどのくらいの割合の環境負荷が発生しているのかを知る必要がありました。そこで、サステナビリティの専門組織に協力してもらい、アパレル製品のライフサイクルアセスメント(LCA、※wikipedia)を作ってもらいました。いまでこそLCAは一般的になりましたが、2005年頃にはなかったんですよ。
その結果、原料と生地の生産時に大きな環境負荷が発生していることが分かりました。しかし、購入者が使用する段階「ユーザー段階(User Phase)」も多大な負荷が掛かっていることも分かりました。洗濯・乾燥・アイロンなどによる環境負荷の割合は38%にも上っていました。逆に、輸送は1%ほどしか占めていませんでしたが、輸送に全て船を使用しているからですね。
このようにさまざまな段階で課題があることが分かりましたが、特に大きな割合を占める「ユーザー段階」に対して働きかけたいと一同思いました。しかし製品の環境負荷の大きさを最終的に決められるのは、消費者ではなくデザインです。まずは自分たちから課題に取り組もうと思い、環境負荷の低い生地に変えていくことから始めることになりました。
そこで次に、どの生地の環境負荷が高くて、どう置き換えられかを比較するためのベンチマークを別の専門組織に作ってもらいました。そこから具体的なアクションを始めました。
Q. 社内での協力が得られないとサステナビリティは全体で推進できません。どのように理解を得ましたか?
推進してきた私たち自身も知らないことだらけだったので、自分たちが知ったことをシェアすることから始めましたね。まずは、素材から縫製まで商品の全てを決めるデザインチームに学んだことをシェアしました。なぜ環境負荷の低い生地や方法を選ぶべきか、彼らに分かってもらえないと商品がサステナブルになりませんから。
そこから工場のコーディネーターからバイヤーまで、少しずつサステナビリティを考える工程を増やし、そのつど関わる人々に伝えていきました。
Q. そうやってサステナブルライン「Conscious Collection(コンシャス・コレクション)」が生まれたのですね。
そうですね。2007年に初めてオーガニックコットンを取り入れた製品を発表し、2010年に全ての素材をサステナブルなものにした大きなコレクション「the Garden Collection」を発表しました。これは大きな成功だったと感じています。環境に配慮しても、十分ファッションとして通用するものが作れると実証できたと思うからです。
このとき初めて、私たちは販売スタッフにもサステナビリティについて伝えました。そのときは感慨深いものがありました。サステナビリティが一気に「H&M」全体の取り組みになったのですから。そんな2011年に、「Conscious Collection」という名前に決め、7つの「環境指針(Seven Conscious Commitments)」を全社に導入しました。
Q. 今回発表された「CLEVER CARE」は、当初からあった目標の結果の一つということですね。
「CLEVER CARE」には、3年前から取り組んできました。お客さまのうち50%以上が洗濯表示ラベルを確認しているので、ここからメッセージを届けられると思いました。
このラベルを取り付けるのが業界で当たり前になるとうれしいですね。そのために、これまでの取り組みを独占するつもりは一切ありません。例えば、私たちは自社工場を持っていないのでサプライヤーに作ってもらっていますが、彼らは他社の製品も作っています。同じ工場を使用する他社にも私たちの取り組みを分かってもらえないと、その工場でのサステナビリティは実現できません。私たちだけがやっても意味がないのです。
Q. 「H&M」では、さまざまな課題に対してゴールを設定しています。最終的な目標はいったいなんでしょう?
最終目標というのであれば、「Conscious Collection」とそうでないコレクション、という区別をなくすことではないでしょうか。コンシャスなものづくりが当たり前になれば、そういったくくりは必要ありませんよね。
私たちは、サステナビリティを一部の人のための、特権的なものにしたくないのです。だから価格は通常のアイテムと一切変えていません。食品を例に取ってみましょう。オーガニック野菜は、ふつうの野菜と比べるととても高い。一般家庭で毎日消費するのには厳しい金額です。だから、一般に浸透しにくいのです。サステナブルなものとそうでないもの、そういった区別が必要ないアパレル産業を目指したいですね。