パンとダンスとおとぎ話と……ドイツ人デザイナー・Beatrice Oettinger

A Picture of $name HITOMI ITO 2014. 2. 5

Beatrice Oettinger(ベアトリス・オッティンガー)の紡ぐテキスタイルは、おとぎ話そのもの。彼女がベルリンの町を散歩する道すがら見つけた草花が、おとぎ話の夢の世界を生み出す。古くから伝わる技術が、夢のようなドレスを現実にする魔法の力を彼女に与えた。
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デザイナー・Beatrice Oettinger

デザイナー・Beatrice Oettinger

南ドイツに伝わる古いフォークダンスの衣装製作の技術が、彼女を虜にしたのは数年前のこと。それは、米とヤナギを幾重にも重ねた生地の間に挟み、小麦粉とともにアイロンするというもの。「自然の草花をそんなふうに練り込むなんて、全く聞いたことも見たこともない手法にびっくりしたわ。そのテーラリングの技術をもっと知りたいと思って研究を始めたの」と彼女は振り返る。「春は新しい発見の季節」と語るように、彼女は米とヤナギ以外にもさまざまな野の花でも試すようになった。みつろうを糊に、たんぽぽやえんどう豆、バラなどをありとあらゆる自然の草花をシルクやコットン、ポリエステルの生地に練り込んでいる。驚くべき手法にインスピレーションをもたらすのは、グリム童話。ヘンゼルとグレーテルが迷い込んだお菓子の家ではないが、お花でできた食べられるドレスは、お菓子の家で見つけたならきっと二人は身にまとっていただろう。

最初にOettingerが製作したのは、シンプルなトランスルーセントなエプロンである。アルプスの山々で摘んだ野草とプレゼントに贈られた花のブーケから花を散りばめた。インスピレーションは、グリム童話と散歩しながら見つける草花。一つ一つの草花の歴史と特徴を調べ、服に「育てる」のだという。美しい魔法使いのようなデザイナー・Beatrice Oettingerに彼女の魔法の秘密を聞いた。

Q. 花をドレスにそのままあしらう手法はどのように着想を得たのでしょうか?

伝統的なドレス衣装の製作手法を知り、それは米とヤナギを使用するものでしたが、織り込む「生」の種類をどんどん広げたらどうなるだろうか? 「生あるものをそのまま身につける」にはどうしたらよいだろうか? と、試すようになったのです。

草花を見つけたら、まず眺め、その声を聞き、香りを嗅ぎます。そしてその形状からどういったデザインが可能か、ありとあらゆる可能性を探ります。そのためにたくさんの研究もします。衣装の歴史、自然の歴史、薬学を始めとする科学、記号学など。新しい手法はいつも開発していますが、「Milk and Honey」というドレスを例に挙げて説明すると、シルクをみつろうに漬けた後、スカートに貼り付けるため切り出します。たんぽぽは投影フィルムとそれらのシルクの生地に縫い付けています。

自然はたくさんの美しい可能性を持っています。私のドレス作りは、匂いと音、五感全てで自然の美しさを感じる「生」あるドレスを作る試みです。「Textile Bakery」に始まり、「Milk and Honey」ドレスに至りました。「Milk and Honey」ドレスには、みつろう漬けの短冊が500枚、21周して全体に縫い付けて、魅惑的な匂いを振りまきます。そして合計300近くのたんぽぽを縫いつけており、踊るように揺れて視覚を楽しませてくれます。

「Milk and Honey」

「Milk and Honey」ドレス。詳しい製作の様子は、ブログに写真付きで掲載しています(※ドイツ語)。


Q. 美しいドレス群が圧倒的に目を引く「Wild Clothes / Textile Bakery」について詳しく教えてください。

バイエルン州に長く住んでいて、その土地に伝わるフォークダンスを習っていました。北ドイツらしいパンツルックではダンスに招待してもらえないので(笑)、フォークダンスのドレス衣装づくりを学び始めたのです。この伝統的な衣装は、立体的なフォルムを生み出すため、小麦粉と水を使用しているのでです。その独特なボディスの作り方にインスピレーションを受けています。

まず散歩をしながら、草花を集めます。小麦粉のタネでコーティングしたガーゼの上に草花を散りばめます。ガーゼはターメリックや灰で下色を付けておくこともあります。前身頃と後ろ身頃をパンケーキのように焼き上げ、最後に縫い合わせます。24時間後には、服は硬まっています。高さ15〜30cmほどの大きさのシリーズですが、2メートル級の大きなサイズのものも2つ作りました。もちろん着ることはできませんが、「Milk and Honey」はここから着想を得て、着られるものとして製作しました。
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自然は、素材で満ち溢れています。「Textile Bakery」は、それらをもっとよく知るための実験なのです。どれほどはかないものなのか、どれくらい強いものなのか、光や時間とともにどういった変化を遂げるのかーー草花と対話し、驚くための実験です。日々、すばらしいドレスが生まれます。

これらのドレス群は、おとぎ話の森のようです。展示を見に訪れる人は、恍惚とした表情でそれらの前に立ち尽くします。訪れてくれた人々の目にどう写っているのか、詳しく知ることはできませんが、きっと、私の知らないおとぎ話を旅しているに違いありません。

Q. おとぎ話というと、美しい作品たちのインスピレーションがグリム童話からくるとおっしゃっていましたね。なぜ、グリム童話はあなたにとって特別なのでしょうか?

口頭伝承であるおとぎ話は独特な構造を持ちます。何世代にもわたり、人から人へ伝えられてきた説話は、定まった実態のないもの。伝わっていく中で生じた「揺らぎ」を通じ、人は説話を通じて時間を超えて旅をすることができます。食べられる花のドレスの製作は、そんな旅に似ています。野の花を摘み、時間をかけて練り、焼き、最後にどんなものができるかは、私ですら想像できません。最後にはいつも驚かされます。

草花に触れることで、時間を旅することができます。例えば、樹皮。木というのは、何千年にも及ぶ歴史を持っているものも少なくありません。彼らの過ごしてきた時間の話を直接聞くことは叶いませんが、それでも、木々とコミュニケーションをとる方法はたくさんあります。木の幹に触れるだけでも、感じ取ることができます。潜在意識でコミュニケーションする能力が人には備わっていると思います。

おとぎ話の中でも特にグリム兄弟のおとぎ話が好きなのは、「シンプルであることの奥深さ」があるからです。グリム童話は、口頭で最初語られましたが、簡潔な言葉でまとめられました。さまざまな時代に人の言葉で紡がれてきた「揺らぎ」とシンプルな言葉の持つ「余白」。それらゆえ、何度読み返しても奇跡のように次々と新しい世界への扉が開けます。言葉の端々に新しい扉が隠れていて、それを見つけて開くごとに全く新しいストーリーのようになります。例えば、私の理想とするドレスは、グリム童話「千匹皮(せんいろがわ)」に出てくる「太陽のような金色のドレス」「月のような銀色のドレス」「星のようにきらきらと輝くドレス」です。端的な言葉でしか表現されていないこの3つのドレスですが、そこから想像するドレスは日々異なるほど、自由なイマジネーションをもたらしてくれます。

あらゆる動物の毛皮をあしらった「All Kinds of Fur」(Photographer: Billy & Hells)

グリム童話「千匹皮」に出てくる「千匹の動物の毛皮で作ったマント」を再現した「All Kinds of Fur」(Photographer: Billy & Hells)

おとぎ話は、永遠に続く筆者とのコミュニケーション。私は、そんな時間のもたらす多面性というものが好きです。時間は、私たちが思う以上の変化と絆を生み出します。ストーリーボードのような私のドレスは、その点でもまるでおとぎ話のようなもので、時の中で響く「こだま」のようなものだと思っています。

Q. では、あなたが特に好きな草花はなんですか?

たんぽぽですね。たんぽぽは、私たちの文化と対話する野生の花だと思います。たくさんの変身を遂げる、力づよい花です。その各々の段階で、社会と自然にやさしく関わります。例えば、ぎざぎざの葉は春のサラダとして食卓にのぼります。無数の黄色の花弁は、地面一面を染め、また厳しい冬を乗り越えた蜂たちに、春最初のごちそうをもたらします。そして幻想的なほど繊細な種。毎年、この花から奇跡を見つけます。

たんぽぽをランジェリーに仕立てた「Loewenzahn Waesche /Dandelion Dessous」

たんぽぽをランジェリーに仕立てた「Loewenzahn Waesche /Dandelion Dessous」

Q. これからの目標はなんですか?

理想とする3つのドレスーー「太陽のような金色のドレス」「月のような銀色のドレス」「星のようにきらきらと輝くドレス」ーーを生み出すために研究を続けていきますね。いったい自分がどんなものを生み出したいのか、日々研鑽をしていきたいと思います。

Beatrice Oettinger

Website: www.BeatriceOettinger.com

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