紅に染めてし衣雨降りてにほひはすともうつろはめやも(万葉集・16・3877)。
日本に古くからある万葉集の歌には、草木で染めた色に関する歌が多くある。染めに用いる植物として紅花、紫草、茜、つるばみ、つゆくさ、はり、萩、山藍、 かきつばた、からあい、つちはり、つつじ、こなぎ、菅の根などが見られ、これらの植物の葉、枝、 樹皮、花、実、根などが染めに用いられていた。そのことにちなみ、古来のレシピを使用した草木染めは「万葉染め」と呼ばれている。
しかし万葉染めを始めとする天然染料を用いた草木染めは、色が薄かったり落ちやすかったりと堅牢度が課題となる。昔の人は染め直すなどしていたが、いまではそうそうできることではない。また、濃い発色のためには何度も染めを繰り返す必要があり、手間も時間も非常にかかる。2013年にスタートした「Liv:ra(リブラ)」は、京都のプリント屋「カワバタプリント」が三重大学名誉教授・木村光雄氏と共同で開発した「新万葉染め」を取り入れ、いままでにない色鮮やかな天然100%染めを実現している。
天然の草木染めを現代技術でよりエコにした新万葉染めとは?
従来の草木染めは100℃まで温度を上げて煮ださなければ着色しにくかったのですが、100℃まで沸騰させると色素は栄養分に変化してしまうので、本来の色よりかなり色が薄まってしまいます。少なくなった色素でなんとか染めていて、いわば「死にかけている色をやっと取って染めてる」という状態だったんです。そこで石油由来の有機溶剤を入れて染まりやすくするか、それでなければ何回も繰り返し染めて染色をしていました。
このように説明するのは、「Liv:ra」デザイナーの小森優美(こもりゆみ)さん。それでは、新万葉染めはどのようにしているのか? 新万葉染めではまず、新しく開発された機械で採取した草花を分子レベルまで粉砕する。その粉末を溶かして染料にすると、従来より20℃低い80℃でも染められる。煮だす過程で色素が損なわれず、発色がずっと良くなったのだと話す。あますことなく色素を取り込めるため使用する原料の量も少なくなり、何度も染め直す必要もなく使用する水も大幅に削減できる。
界面活性剤の不使用にも成功 石油原料が必要だったわけとは?
さらに、今回の染めでは媒染(※繊維と色素を結びつける液に浸す工程のこと)での界面活性剤も廃止できた。天然染料はもともとウールやシルクなどの動物性繊維とは相性が良く染まりやすいが、植物性染料と植物性繊維の組み合わせは相性が悪く、十分な堅牢度になりにくかった。そこで、従来の草木染めでは主に界面活性剤を用いて先媒染を行うが、この新万葉染めでは大豆、卵白、牛乳などの動物性タンパクの液剤を作り出し、後媒染を行う。動物性タンパク質の働きで色素と繊維が結びつきやすくなるのだ。
「Liv:ra」のプリントもこの技術を生かしたことで、石油由来の原料をほぼゼロに近づけることができたという。一般的にプリントは、染料とバインダー(※染料を繊維に固着させるための接着剤のようなもの)を混ぜて着色する。通常このバインダーはアクリル樹脂(30%以内)、水(60%)と助剤を混ぜたもので、助剤には石油系の界面活性剤を使用する。しかし、「Liv:ra」が取り入れたプリントではグリセリン・尿素・増粘剤を混ぜたもので助剤を代用している。それが可能になったのは、やはり万葉染めで染料となる植物を分子レベルまで粉砕できたため。分子ほど小さいために、増粘剤の膨張で繊維に定着できるのだという。
草木染めがなぜ流行らないかというと、単純に色落ちするから。新万葉染めも完璧ではなく「従来の草木染めよりはるかに落ちにくくなった」というものです。ただし、20年前の染色堅牢度はこのくらいだったんですよ。そもそも、生地染色が日本で始まって江戸時代くらいまでは、色は落ちるものとして認識されていましたし、色が落ちれば染め直すのがふつうでした。しかし、今の消費のあり方ではできないのは仕方ありません。
ただ年々、小売での染色堅牢度基準が高くなっています。それはちょっと変色するだけでクレームを言う消費者がいるから。そのクレームに対処すべく、メーカーは石油系の原料に頼って堅牢度を上げざるを得なくなり、今では20年前の何倍以上もの量の化学物質を使用しています。安くて色落ちをしないものをとことん求める消費者による選択の結果、この状況が生まれたといえますよね。
「Liv:ra」が生まれた背景
「Liv:ra」は基本としてもちろん素材にこだわって、背景のしっかりしたオーガニックコットンを使用していますが、それよりも「楽しい」ということに重きを置いています。環境と社会を配慮するのに楽しい道を探しているとき、この鮮やかな色がぴったりだったから今回カワバタプリントさんといっしょにやらせていただいたというかたちですね。
小森さんは「Liv:ra」のほか、「Yumi Komori」名義でヴィンテージの古着を使用したアパレル雑貨も展開している。京都ならではの着物の古着市で見つけた生地を利用したいわば「アップサイクル」だが、もともと日本の伝統的な着物生地の華やかさが楽しくて好きだったからだと話す。共通して、「楽しく世界を変える」ということが根底にある。
小森さんは卒業後、ギャル系の先駆けのアパレルブランドにデザイナーとして就職。その後、ブランドのライセンス展開を行う企業に転職し、新規事業の立ち上げを担当。企画から生産管理まで全てを一人で行い、自分でビジネスを立ち上げられる手応えを感じ、2010年アパレルのネットショップを起業した。その折、2011年3月11日に東日本大震災が起こった。
震災以降、自分の生活がオーガニックになっていくのを感じていました。いま振り返ればおおげさですが、特に原発について次々とあっさり新たな基準が設けられるのを見て『こんな感じで政治は回っているのか』とショックを受けました。その様子が「適当」に見えてしまったんです。それで目の前にあるものがどこから来て、どうやってできているのかを考えるようになりました。
「Liv:ra」はなぜ「楽しい」を掲げるのか?
徐々にものの背景について考えるようになるにつれ、ファストなアパレル商品という自分が納得していない商品を売っている状態に違和感を感じ始めたという。不思議なことに、違和感を覚え始めたとたんネットショップへのクレームが増えた。精神的にもつらくなってきた頃、やっぱり本当に好きなものを売っていこうと方向転換を決意する。
そうして生まれたのが「Liv:ra」である。鮮やかな色彩やプリント、伝統的な日本の美しさ、そして生産者に配慮した背景など、小森さんの好きなものが全てつながり、心の底から「楽しい」と思うものが詰まったものになった。それはそのまま「楽しく世界を変える」という小森さんの活動全てのコンセプトになっている。
私は、エシカルなものづくりが楽しいからこういうやり方をしていますが、エシカルの基準って人それぞれで、「『ガチガチのオーガニックでフェアトレード』っていうものより、ハンドメイドのものが楽しくて好き」という人もいます。その人が楽しいと思うやり方でいいと思うんです。「〜〜しなければいけない」って疲れちゃうじゃないですか。私も作り手としてしんどくなってしまう。
エシカルは責任感や義務感など、妙な気負いが目を曇らせることがあるが、エシカルとは自分のハッピーが人の幸せにつながっていると、はっきり知覚することなのかもしれない。「私は、自分が本当に楽しいことが社会貢献になる、と考えています。水がきれいになったりして環境が良くなることもすごく大切ですが、そのために「Liv:ra」をやっているのではなくて自分のため。自分がオーガニックと関わることが楽しくて気持ち良いからやっています」と小森さんは強く言い切る。だからこそ、「Liv:ra」の世界観が放つメッセージは魅惑的なのだ。