【デザイナー:荒井沙羅】
中国北京出身。1997年中国でデザイナーデビュー後、日本に活動の拠点を移す。2008年新しい視点から東洋の伝統文化とファッションの繋がりを表現するプレタポルテライン「araisara」を立ち上げ、09-10 A/W より東京JFWにてコレクション発表。13SSからはパリコレクションに発表の舞台を移す。ブランドのコンセプトは『古き良きものを現代にそして未来へ……』。新しい視点から伝統文化とファッションのつながりを表現し、今の社会にファッションを通して夢を届け、未来の社会にファッションを通して文化を残したいと話している。
インタビューシリーズでは、日本・東洋の伝統技術とは何かを、経験と照らし合わせながら語っていただきました。
たばこの葉の香り袋
「araisara」のサロンではこれまで、お客さまが大切にしていた着物を、再び日常でも着られるように仕立て直すということをしてきました。思い出がある生地や物を大切に持っていらっしゃる方はなかなか多いのです。お母さまの形見の着物だったり初めて就職して初任給で買ったコートだったり……「これだけは捨てられなかった!」と、思い出とともに持って来られます。お店を始めて、今年で8年目。予約制ではないので、その日は誰が来るともしれません。「今日はお客さんくるかな?」誰も来ないかもしれないけれど、来るかもしれない。来るかもしれない『誰か』のために、毎朝店を掃除し、お茶を用意し、飾りを変えたりなどしています。
毎日同じことを繰り返し、毎日同じことを丁寧にやるということ―—実はそれは、最も私に向かない作業なのです。それでも8年の間、続けてこられたのはなぜか。それは、日々お客さまがそれぞれの物語と感動を持ってきてくださるからです。一人ひとりのお客さまの着物との思い出、その方の生き方や考え方と触れ合いながら仕事をさせていただくことで、同じような毎日も、全く異なる一日となりました。
例えば、すでに東京から引っ越されて現在は地方に住んでおられますが、年に2回、必ず「araisara」の服を買いに来てくださる女性のお客さまがいます。その方との出会いも、その方がふらりとお店に立ち寄ってくれたことでした。
「持っている着物を、ふだんも羽織れるコートに仕立ててもらえないか?」というのがその方のリクエストでした。もちろんお手伝いさせてください、と答えた次の日、その方が持ってこられたのは、少しパープルがかかった男性用の大島紬でした。長年着ていらしたせいなのか、赤色が入った濃紺が変色してパープルのように見えるのです。しっかりと重量感もありながら、柔らかさもハリもあるものでした。「これ、けっこう昔のものですか?」と私が尋ねると、「そうなんです」とのこと。本人が羽織っても、とてもよく似合っていました。秋口にも春口にも着られる、ロングのシャツコートにしようということになりました。
「思い出のものなんです」とのことでしたので、私も丁寧に型合わせをしようと作業をしていました。すると、袖をほどくと、カーブの部分からふわんっとパイプ煙草の葉の匂いが溢れてきたのです。よくよく見ると、袖のところにパイプの葉がたまっていました。それはとてもいい香りでした。私はその香りを嗅いで、「きっと、この着物を着ていた方は右利きで、パイプをここに入れていたのだ」とその昔着ておられた方のイメージが浮かんできました。葉はしっかりといい香りを残して状態も良かったので、かき集めて透明な布に入れて上口を結び、香り袋としてお渡しすることにしました。
納品のとき。香り袋と残布とお品を揃えて、お客さまにお渡ししました。すると、その方は香り袋を見て、涙がこぼれて止まらなくなってしまったのです。そして、「またこんなところに……」とお客さまは言いました。聞くと、その大島紬は、10年前に亡くなられたお客さまのお父さまのものだったのでした。大切な日に着ていたものを、お客さまが形見として譲り受けたのだそうです。生前お父さまは、禁止されていたにもかかわらずパイプを隠れて吸っておられ、よくご家族に怒られていたのだと言います。着物を洋服に仕立てることで、またお父さまのぬくもりを感じられたこと、守られていたことを思い出した、とお客さまは言ってくださいました。
服のつなぐものがたり
店に立ち、お客さまのそばで服を仕立てていると、こういう物語との出合いがたくさんあります。1枚の服をお父さまが着て、娘の手に渡り、形が変わって、また次の代に受け継がれていく……。洋服はその人の人生を語り、受け継いでいくのだなと強く感じます。
ものを丁寧に作ると、使う人も丁寧に使ってくださる。丁寧に使えば使うほど、お洋服も輝く。服にはその着る人の生き様が映りこみ、その人が大切にするだけ服は生きてきます。着る人とともにどんな物語を歩み、変化を遂げるのかは、着こなす人しだいです。着る人によって何万通りにも輝きが変わるというのが、服の可能性なのかなと思います。
1枚の服は、ただ売り買いされるためだけのものではなく、いろんなものを超えて人と人をつなぐものとして存在しうる。いろんな出会いからそう信じるに至りました。洋現在、パリコレクションの準備中です。パリのお客さまに「araisara」の服が伝わったら、またそこから生まれる物語はそれぞれどんなものになるでしょうか。いまから楽しみでなりません。