ファッション消費――服の「ものがたり」とその力

2012. 4. 21

マドラスチェックのアンサンブルと私

Via: Shirahime.ch

何年も前、私が高校生だったころ、育った街の一角にある洋服店の前を何度も通ることがあった。そのウィンドウにはちょっと古びたテイストのコートとパンツのアンサンブルが掛けられていた。「おしゃれだな」そう私は感じていた。

というのも、マドラスチェックは言わずもがなクラシックの代名詞として誇り高く、その使い古された感じが一切しなかったから。そのとき持っていた100ユーロは、教科書を買ったお釣りでは到底買うこともできなかったが。

幸運にも、しばらく誰もそれを買わなかったので、そのアンサンブルはセールに掛けられた。しかも私でも買えるほどの値段にまで下がっていたのは、なんともいえずラッキーで、2学期にわたって1円残らず貯めていたお金で買うことができた。そして私は今でもそれを愛用している。ビジネスの場に着るようになっても、高校生の頃と変わらず私によく似合っている。

しかし見逃してはならないのは、もしかしたらそのアンサンブルは、私の人生のどこかで私の好みから外れたものとなっていた可能性だってあったのだということだ。買ってから10年は経っているのだ。高校生の頃の私といまの私は大きく違う。

それでもなお、私がこのアンサンブルを愛用してしまったのは、アンサンブルと私の間に紡がれた、小さなストーリーがあったからだと思う。思い出というストーリーがあったから、私はどうしてもそれを捨てることはできなかった。

価格・品質・ストーリーの均衡点

これは個人レベルでの話だが、この「ストーリー理論」は、ほかのファッション消費に当てはめることはできるものだろうか?

そしてこの理論をビジネスに落としこんで実践しているブランドというのはあるのだろうか?つまり、環境・人権・貧困的な側面からエシカルを訴えるのではなく、正直でまっすぐな思いをストーリーとして消費者と共有しようとしているブランドだ。さらに付け加えるならば、この理論はラグジュアリーブランドや、ハイストリート・ブランドにも通用するのだろうか?

この場合、「ハイストリート・ブランド」が何を指すのかということを定義しておく必要があるだろう。本文で「ハイストリート・ブランド」とは、決して底値価格で衣服を提供する小売店を指すのではなく、価格を品質に対してほどよいバランスに設定している小売店を指す。例えば、イギリスでは「Marks & Spencers」や、「John Lewis」が挙げられるだろう。そのほか、センスの良い服を適正価格で提供する規模の小さい個人経営のブティックや、路面店が思い浮かぶ。品質に対して価格が妥当なものであることーーこれが「ストーリー理論」を成立させるにあたってのキーポイントだと考えるからだ。

1.「ストーリー」、2.品質の良さ、3.価格。この3のバランス。消費者を納得させる3者の均衡点は、いったいどこにあるのだろうか、というのが私の疑問なのだ。このことを考えていくにあたって、私にある3つのブランドを紹介させてほしい。以下に挙げる3つのブランドは、商品の持つストーリーをブランド認知にあたってのキーポイントとしている。これらブランドの商品の品質と価格をそれぞれ見ていくことで、得られるものがあるかもしれないと考えるからである。

The IOU Project

The IOU Project」は、インドで手織りされたテキスタイルを用いてイタリアとスペインで製品化を行なっていて、とてもユニークな商品を展開している。一つ一つのテキスタイルがオリジナルで1枚しかない文字通りユニークなものなので、購入者がそのテキスタイルを織った、最も「川上」にいる人までその生産プロセスを辿れるようになっている。その商品がどのような人の手を経て、どのような道筋を辿って消費者の手元に届けられるのか。それがECサイト上で全て確認できるようになっている。このブランドのECサイトは、まさに価値観を共にする者たちが交流する場となっているのである。同ブランドが提供するマドラスチェックのシャツは65ユーロ。チノパンは1着89ユーロとなっている。日本を例に取ると、デニムが159ユーロほど、マドラス柄のブレザーは159ユーロである。「The IOU Project」は、およそ半額ほどに設定されているが、同ブランドはイタリアとスペインのスペシャリストの揃う工房で生産を行なっているが、その価格はハイストリート・ブランドのそれと差があるものでもない。

Shazia Saleem

Shazia Saleem」は、世間の手織りのテキスタイルへの関心を高めるべく活動している。カシミアのように、クロゼットの中に当たり前にあるものとなることを目指している。最高級の手織りのテキスタイルをインドとスコットランドで生産し、ヴァラナシ(インド北部)製の金襴、アッサム地方で織られた天然シルク(Wild Silk)、ベンガル地方、コルカタ、ジャイプール製のコットン。ブランドの商品は全て最低でも1つは手織りのテキスタイルを使用し、現地の織り職人の雇用を守っている。50%天然シルク・50%コットン製のラウンドネックシャツは65ユーロ。手織りのシルクコットンのスカートは60ユーロ。100%シルクのスカートは128〜158ユーロ。レザーとシルクのイブニングドレスは699ユーロ…という価格設定になっている。仕上がりはとても繊細だが、価格は高すぎず、安すぎず、適性ではないだろうか。ハイストリート・ブランドと互角に戦える品質と値段となっている。

Gracia Women

Gracia Women」は「リアル」な女性に向けて、貴重な天然素材を使用した製品を作っている。サボテンシルク、スコティッシュ・ツイード、オーガニックの長繊維コットン。ディテールにこだわった上質なテーラリングの服を通じて、クラフトマンシップを追求しているブランドだ。手彫りのボタンが付いたオーガニックのフェアトレードコットンを使用したロングTシャツは65ユーロ。オーガニックのデニムは75ユーロ。サボテンシルクをリブに用いたツイードジャケットは295ユーロ。この値段は決して安すぎでも、高すぎでもないと思う。

ストーリーの説得性はどこにあるのか?

第一に真にストーリーを語れるブランドであること、そのうえでエシカルないしサステナブルであるための条件を満たす。それが世間を席巻するハイストリートブランドと互角に戦えるエシカルブランドの条件であると言えるのではないだろうか。

しかし留意すべきは、これら3つのブランドに共通するのは、クラフツマンシップを詰め込んだがゆえの高い品質とストーリーがセットになっているという点である。そしてこれらのブランドは、自身がいかにエシカルかということを声高々に訴求するよりも、なんらかの方法で、職人の手を渡り歩く生産プロセスを消費者と共有している。消費者に、衣服の歴史(それは取りも直さず、その衣服の個性ということだが)を共有させることで、それは一人の消費者にとって、他と類を見ないかけがえのない1着になるのである。

This Article is Originally from...

Pamela Ravasio 'Fashion Consumption and the Power of Story Telling' Shirahime , MARCH 16, 2012

>> http://shirahime.ch/2012/03/fashion-consumption-and-the-power-of-story-telling/

(許諾を得て掲載)

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