「食」から! 豊かに広がる「香り」の文化〜Parfums d’ Epiceries

Photography: Courtesy of 株式会社ビヨンドワークス 2018. 1. 15

“世界一まずいお菓子”と、大いに不本意であろう呼び名のフィンランドのキャンディー「SALMIAKKI」。そのまずさの原因は、アンモニウムを含むゴムのような香りにあるとされる。また、紅茶やハーブティーは、味そのものがおいしいというよりも、それらから立ち上る香りが心地良いことに、親しまれる理由がある。

香りはただ気分を良くするものではない。食を通じて、「香りのある生活」を広めたい −−香りがいかに生活を豊かにするか注目し、その魅力を伝えているのは、ファッション業界では「佐々木みみお」との愛称で親しまれるコンサルタント、佐々木康裕氏。ファッション、ライフスタイルなど幅広いアンテナを持つカリスマディレクターだ。

同氏が手がける「Parfums d’ Epiceries(パルファム ドゥ エピスリー)」では、食料品も香りの一つと捉え、香りにこだわった食材を使い、コーヒー、紅茶、日本茶を主に展開している。

「生活に寄り添う香りの文化を創造する」という佐々木氏に、香りの力と可能性について尋ねた。

香りを感じるための食材

日本では、「香りのある生活」というとまず、ボディフレグランスやルームフレグランスを思いつく人も多いだろう。また、アロマテラピーも、「良い香りを漂わせてリラックスするもの……という程度のイメージしかない」という方も少なくないかもしれない。つまり、「楽しむ」ものとして広まっているのが、いまの日本の「香り」。

かたや香りは、気分を高めたり、逆に不快感をもたらしたりと、心身に作用するものでもある。その作用を、日常的に取り込んでいるのがヨーロッパだと、佐々木氏は言う。

お香は昔から教会でお祈りに欠かせないものとして、大切に使われてきた歴史がある。祈る人々の心を落ち着かせる目的があったと考えられる。香りのそういう側面について、日本ではまだまだ注目されていない。そういうのも含めて、日常的に「香りのある生活」と考え、さまざまな商品を展開している。

食材の香りを大切にするのも、ヨーロッパでは自然な生活のうちだとも。例えばスパイスは、ヨーロッパでは高価な価値あるものとして取引されていた歴史があるが、香りと人間の生理現象の関係性を、早くから気づき、重要視してきたのだろう。

事実、脳の中で嗅覚と味覚は隣り合っており、食べものの香りを感じると、体内で消化器官の働きが高まるようになっている。不快感を感じる香りの中では、食欲が減退する。香りはヒトの感情や行動、記憶を司る大脳辺縁系に直接働きかけ、さまざまな効果を与える。

例えばチョコレートなら、オレンジピールやベリーなどが入るだけで香りがぐっと変わって、気分が落ち着いたり高まったりして、アロマテラピーに近いものがある。
聴覚や視覚など嗅覚以外の五感は、刺激を受けたとき、視床を中継してから脳へと伝達される。香りだけが直接脳に刺激が届くのは、香りが動物にとって生死に関わる重要な情報であることが多いから。人間も動物。香りはすごく本能的なもので、人間の生理に大きな影響を与える。

佐々木氏の「Parfums d’ Epiceries」とは、「食料品の香り」という意味のフランス語。黒い缶の中に詰め込まれているのは、お茶、紅茶、コーヒーなど、日々をかぐわしく彩る身近な食材だが、あくまで香りがあっての食材。「香り」を特別なものとしてではなく、身近に楽しむための提案だ。

ご縁で知り合った農家さんの下を尋ね、話を聞き、実際に香りを確かめるところから、商品開発は始まる。今後もお茶などに限らず、さまざまな食材を入れて、提案をしていきたいという。

ネギなどの野菜もすごく香りが豊か。野菜にはじまり、いろんなものを「香り」として、この缶の中に入れていくイメージ。ヨーロッパの感覚がベースにあるので、次にはチョコレートやキャンディーなどを考えている。

ただし、可能な限り、日本でできる食材。しかもなるべくオーガニックのものを取り入れていきたいとも。

【上段】宮崎県都農町にある有機栽培の茶葉農園を訪ねて。【下段】コーヒー農場のある街。

これからの「香り文化」

欧米ではスポーツの分野でも「香り」の研究がなされており、日本でも少しずつ研究が始まっているという。

北欧の選手たちは、自分の演技や試合の前日に、戦略的に香りを嗅ぐそう。深い睡眠が得られ、次の日には、運動能力が向上していることが証明されたり、脳波がどのように変化するかなどが科学的に研究されたりしている。

これから日本でも、「香り」との付き合い方がもっと豊かになっていくと、佐々木氏は強調する。同氏の見解はこうだ。

人間は“進化”する。特に日本人はそれが得意。

例えば、スターバックスが広まったことで、それまで日本になかったコーヒーを楽しむという土壌ができた。そこに、さらにこだわりを持つ人が生まれ、新鮮な豆でゆっくり淹れておいしいものを出そうという波が生まれた。ハンバーガーもそう。マクドナルドが土壌を作り、そこに「もっとおいしいものを作れるのでは?」という人たちが工夫を重ねて、豊かなハンバーガー文化が生まれた。

香りも同じ道を辿るはず。現に、ケミカルな香りから、ナチュラルなものに変わってきている。

芳香剤や衣服の洗剤の香りが重視されるようになり、ケミカルでも「香り」を楽しむカルチャーが根づいた。

しかし、人工香料は香りが強く、苦手な人も少なくない。そこへきて、いまは本当にナチュラルな材料を使った商品が増えている。

本当にナチュラルなローズの香りを、これまで日本人はあんまり知らなかった。ヨーロッパのローズの香りを知った日本人が、「本当のローズの香りってこういうものか!」と、作りはじめた。そして、ちゃんとナチュラルな商品が生まれる。「香り」も、そういう次の段階にきている。「値段は高いけど、ナチュラルのほうが香りも良いし、長い目で見ると良いよね」って、そういうふうになっていくと思う。

全て手作業で作られる「MAD et LEN(マド エ レン)」。マルセル・プルースト『失われた時を求めて』の冒頭に、マドレーヌをお茶に浸して食べたことから過去の記憶が一気によみがえるというエピソードが紹介されている。このマドレーヌが「MAD et Len」の由来。まさに失われた時を求めて、花や木・茎などから蒸留抽出した香りをぎゅっと詰め込んで……。〈Pot Pourri d’Apothicaire(¥14,500〜 税別)〉

また、「香り」の力をビジネスにも使っていきたいとも。

香りは記憶に残るもの。例えば先日、ホテルの香りを手掛けた。独自の香りで、ホテルの再利用率やマーケティングを促すこともできると思う。

脳の中で最初に発達するのが「嗅覚」。そんな、本能や記憶に密接に関わる「香り」が、心を豊かにするのは異論の余地がない。心のあり方で、モノとの付き合い方も変わるだろう。そのとき、また時代が変わるのかもしれないと、佐々木氏の取り組みにわくわくが止まらない。

Parfums d’ Epiceries

【website】www.beyondworks.jp
【tel】03-6675-9089(株式会社ビヨンドワークス)

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