イラク、シリア、そして、パリ。人びとの悲しみや怒りが、紛争や暴力となって新たな憎しみを生んでいる。現地ではなにが起こっているのか。
ジャーナリストの玉本英子さんは、約20年間、アフガニスタン、イラクやシリアなど中東の紛争地を映像で取材してきた。テレビの現地レポートや新聞への寄稿、講演会などで現地の様子を伝えている。玉本さんが追っているのは、そこで生活する人々の姿だ。
ヤズディー教徒を追って、危険な取材をこなす
玉本さんが2004年から追っている人々がいる。ヤズディー教徒だ。
イラクの民族・宗教の取材で同行した通訳が信者だった。イラク北部に住むクルド人の一部によって信仰され、教徒は血縁関係のみ、改宗も禁じている。布教活動もせず、小さなコミュニティを守りながら生きている。
さまざまな宗教の影響を受け、謎に包まれたヤズディー教徒は、フセイン政権時代やアルカイダ、イスラム国(IS)からも迫害を受けてきた。2007年、アルカイダの自爆攻撃で約300人が亡くなり、玉本さんは取材に向かった。クルド人の治安部隊に同行し、アルカイダが活動する地域を通り抜け、現地に入った。昨年8月には、ISが居住地域を襲撃。数千人以上が拉致された。
「助けてくれ」と現地から電話がかかってきた。翌月、玉本さんはイラクへ行き、民放ニュース番組での現地レポートや新聞に記事を書き、事態の深刻さを訴えた。
事実を伝えるために。現地へ行かないと分からないことがある
今年は4回、イラクへ取材に行っている。なにが彼女を駆り立てるのか?
行かないと分からないから。分からないから行くのかも。
玉本さんがこう考えるのは、2002年にイギリスのテレビ取材でアフガニスタンへ行った経験からだ。アフガニスタンの女性を取り巻く現状をドキュメンタリーに撮るため、事前に報道を調べた。教育を受けたくて学校へ行った女性が、塩酸をかけられたなど、女性が抑圧されていると報道されていた。しかし、実際は親族との揉めごと。
欧米の大手メディアの報道だったのになんで? って調べたら、記者の思い込みに原因があった。アフガニスタンの社会では、親族の名誉を重んじる。私たちとの考え方とは全然違うから、「背景」をしっかり見ないとマズイなと思った。一つの報道が、戦争の動きを変えてしまうこともあるから。
2001年のアメリカ同時多発テロ後、CNNなどのメディアが一斉にタリバン政権による女性抑圧をニュースで流し、社会が「空爆だ」と一気に動いた。
あれはメディアに責任がある。だから現場に行って、当事者たちに聞かないと。自分の思い込みを消して事実を追わないと。すでに答えがあってそれに沿って取材をするから、事実と違ってしまう。
「なにが起きたのか、残さないといけない」という思いは強い。そのためには、「継続して取り組まないと伝えられない」。報告会は積極的に引き受ける。
戦争のイメージを持つのは難しいし、分からないことを責められない。だから、まず知ってほしい。知ることで考えが出て、良いか悪いかの判断ができる。それが大事。
取材先にいるのは友だち。「さようなら」はできない
取材に出かける前に必ずすることがある。現地でもしものことがあったときのことを記した覚書を用意することだ。
法的効力はないが、自分の意志で取材に赴いていること、万が一誘拐や事件に遭った際の要望を書いている。取材ごとに親に署名をもらい、所属先のアジアプレス・インターナショナルに提出する。
取材先で配るお土産も欠かせない。
スーツケースは、機材以外はすべてお土産。私が逆の立場でも、海外から来た人がなにか小さいものでもくれると嬉しいから。女性には「日本製ですごい綺麗になるから!」って100倍くらいに言ってフェイスパックを渡す(笑)。みんな本当に喜ぶ。美意識高い人たちなので。
最後に、いま、なにを一番伝えたいか聞いた。
ふつうの生活ができなくなるのが戦争。ごはんが食べられない、お風呂に入れない。それがずっと続く。戦争に正義はない。弾圧されていた被害者が、憎しみが募り加害者になる。それは一つの事実だから忘れてはいけない。
以前、ISの元戦闘員に取材したことがあった。家族をアメリカ軍とイラク政府軍に殺され、自分も理由もなく刑務所に入れられ、拷問を受けた。戦争が生んだ憎しみや悲しみが、次の殺人につながっている。
約20年間、取材を続けてきた。
友だちや知り合いがたくさんいる。ここで「さようなら」はできない。
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