「広告がものを売るだけでなく、社会を動かす力になったらおもしろい」。
株式会社電通でコピーライターとして活躍する傍ら、社会課題を解決する「ソーシャル・プロジェクト」を数多く手掛ける並河進さん。
手洗いを通して子どもの健康を守る「世界手洗いの日」プロジェクト(日本ユニセフ協会)、日本の女子高生と大学生が児童労働に関心を持ってもらおうと奮闘するドキュメンタリー映画「バレンタイン一揆」(NGO・ACE)、検索することで東日本大震災の支援活動に寄付を届ける「Search for 3.11 検索は応援になる」(ヤフー株式会社)。
広告が社会にできることとは? と向き合い、挑戦してきた並河進さんを紹介する。
NPOとの初めての出会い。「社会のために」企業、NPO、広告会社がいっしょに
2006年、一つの出会いが突破口になった。トイレットペーパーを扱う王子ネピア株式会社(以下、ネピア)の仕事で出展した東京デザイナーズウィーク(現・東京デザインウィーク)で、トイレの環境改善を推進するNPO法人日本トイレ研究所の加藤篤代表と知り合った ――「なにかいっしょにやりましょう」。
その出会いが始まりとなり2007年、ネピアと日本トイレ研究所の共同プロジェクトとしてうんちを通して命や健康を考える「うんち教室」を日本国内の小学生に向けてスタートした。
NPOと初めて仕事をし、企業の考え方との違いにカルチャーショックを受けたが、このプロジェクトをきっかけに、さまざまな企業と人々が社会のためにいっしょに取り組むプロジェクトを実現していった。
2008年、うんち教室で社会貢献への思いを強めたネピアは、ユニセフ(国連児童基金)が東ティモールで進める、子どもとその家族の命と健康を守る活動をサポートする「nepia 千のトイレプロジェクト」を立ち上げた。
キャンペーン期間中に購入されたネピア商品の売上の一部が、東ティモールの家庭でのトイレ作りを支援する。2015年8月現在、7県で9,100を超えるトイレが完成、93のコミュニティが屋外排泄を根絶した(2015年も11月1日から2016年1月31日までキャンペーンが行われる)。2009年から始まった、正しい手洗いで子どもたちの命を守ろうという普及活動「世界手洗いの日プロジェクト」には、サラヤ株式会社をはじめとした衛生製品メーカーが日本ユニセフ協会に協力した。
東日本大震災、被災をつなぐ活動
2011年の東日本大震災では、それまで社会貢献に取り組んでこなかった企業からも、資金や物資を届けたいと問合せが相次いだ。「被災地に言葉や表現が必要になるものはもっと先だろう。まずは物」と、これまでのNPOとの活動経験や社会問題に参加する人をつなげるノウハウを生かし、企業と被災地をつなぐ「物流」の役割を担った。
「震災が忘れ去られないように」というヤフー株式会社の思いを実現したのが、「Search for 3.11 検索は応援になる」。3月11日に、Yahoo!検索で「3.11」というキーワードが一人に検索されるごとに10円が、被災地の復興に取り組む団体に寄付される。2015年は、昨年を上回る290万人を超える人が参加。約2900万円の寄付が行われた。
ふだん意識していないけど、検索はすごく身近。そして、震災は風化しているのではなく、「自分にできることはないんじゃないか」という意識が増えているほうが近い。バラバラになっている回路をつなぐことをやりたいと思うんです。
広告を疑ってみる
広告が社会にできる可能性を信じる中で、並河さんが大事にしているスタンスがある。疑うことだ。
たとえば、車を作っているメーカーも、車の安全性や環境への配慮を考えている。自分たちが作っているものが、事故を起こして人の命を奪ったり、環境を汚染したりしているものでもあることに向き合っている。
物事のマイナスの側面を見ることで、改善やイノベーションが生まれる。広告を作っている人たちに足りない視点だと感じている。
東日本大震災後に結成された、社会問題に映像で取り組む「NOddIN」(ノディン)は、いままでと違う視点を持とうというクリエイターの集まりだ。並河さんも参加し、社会課題をコピーに書くというワークショップを行っている。コピーを書き、思考の幅を広げ、多くの視点を持つことで、解決できることがあるのではないかと考える。
広告を一度疑って、マイナスのことだけではなく、いままでやってこなかったことをやってみる。僕にとって実験的な場です。
人を育てる。しくみを作る。――諦めを悪くやろう
電通には、定義できないけどなにかおもしろい、意味があることをやっている人が多くいる。そういう人たちに企業や人を巻き込む方法を教えて、活動を引っ張り上げたい。アイデアやクリエイティビティを広告だけでなく、違う領域にも活用していくことは会社の大きな方向性。それが、企業が取り組む社会のためになることと重なるといい。
地域創生など、スポットライトが当っているテーマには人やお金も集まり、国や自治体も応援する。でもスポットライトが当たっていないテーマにも解決が必要で、すごい価値があったりする。こういうところにも目を配って、手伝っていきたい。
これを助けるのが「技術」と、並河さんは語る。
昔は、技術なんてくそくらえだって思っていた。「表現は気持ちだ!」って(笑)。ソーシャル・プロジェクトにもメソッドがあるし、関係のつくり方も技術。伝え方や伝える幅の技術があれば、接点も見いだせる。
いま、社会課題を出発点になにかやろうと、多くの人が動いている。社会のためのプロジェクトが論理的にできたらもっと広まる。広告が、物事を本質的に解決しようと考える人たちをつなぐ「ソリューション」になれれば。
11月4日から、インターネットオークションサービス「ヤフオク!」との共同企画として、リユース活用型クラウドファンディングサービス「reU funding」(リユー ファンディング)が始まった。自分の使わなくなったモノを売ったり、誰かの大切にしてきたモノなどを買ったりしながら、賛同するプロジェクトを支援できるしくみだ。
すでにたくさんあるクラウドファンディングと、同じサービスを立ち上げるんじゃつまらない。でもお金以外の支援を考えたときに、リユースはまだクラウドになっていないと、ヤフオク! のチームの方々と話して。
いらなくなったモノが誰かの力になるかもしれない。モノを大切にする気持ちも芽生えるかもしれない。意識や感覚が変わるしくみを作りたかった。
実現までに1年を要した。
諦めがすごく悪い(笑)。あと、社会のためにやるべきことは、諦める部類のことじゃないような気がして。自分や企業の事情もあるけど、やっぱり「やった方がいいこと」ってあるじゃないですか。
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