「キャンバス」とも呼ばれる厚手の綿生地、帆布(はんぷ)。通学用の鞄、着物用の衿芯や帯芯、お相撲さんのまわし、 油絵用のキャンバス、 テントの幕や建築材料に使われる、いまもとても身近な布です。その歴史は古く、古代エジプト時代で船の「帆」として使われた亜麻製のものが始まりとされています。ヨーロッパでもヴェネチアの商人たちが商船の帆に使い、大航海時代の大型船も……。そう、その名のとおり船の「帆」に使われるために作られた、平織りの地厚い(※8oz./1m2以上)生地こそが「帆布」です。
糸と対話する手と指の存在
同じ機械で織っているのに、なぜ風合いに違いが生まれるのか? 最新型の織機を手がけるメーカー・津田駒工業の担当者は、「人の手」の存在を挙げます。
いま、新型織機と旧型織機は使用用途が異なるため単純な比較はできませんが、新型織機は大量生産が目的。工場内の温度・湿度も含めて全てコンピュータで緻密に制御し、差異がないものを織ります。
対してシャトル織機は、でき上がりが少しずつ変わります。規格は同じでも、触り心地や風合いが微妙に異なっていて、染めたりすると違いが分かります。
それはひとえに、職人さんのカンやスキルによるもの。もちろん、最新型ジェットルームも風合いは大事にしていますが、品質の均一化を重視するので「個性」という点は消しています。
手の指紋がなくなるほど生地に触れ、生地と対話するという職人さん。丸進工業工場長・西中隆彦さんは、特に糸の張り具合の調整に手の感覚が欠かせないと言います。
弛みや張りにばらつきが出ないように調整したりするときは手作業です。糸が張ってないと良い織り物にはなりません。一度織り始めたら、緯糸を切らさないよう、不必要な糸が入らないよう、見て回るのがほとんどの作業です。その前に、糸の状態を見て細かな調整をする必要があります。手を添え、指先で糸に触れ……作る生地の厚さに合わせて糸も機械も調整し、ピンと糸が張るようにします。
時代を見つめて、自分たちで活路を拓く
丸進工業は、同じく帆布を製造する株式会社タケヤリとともに、2003年に株式会社バイストンを設立。かばんや雑貨などの最終製品を作り、ファクトリーブランド「倉敷帆布」として販売を開始しました。
蒲生さんは、その理由を次のように説明します。
年々生産量が減る中、白生地織りだけでは立ち行かなくなっていました。また、織り工賃より川下の商社の利益が多いという逆転現象が起こっていたことと、最終製品がなにになるか分からないまま織っているのは良くないのでは? と思ったからです。自社ブランドを立ち上げたおかげで、自分たちで魅力を伝えていけるようになりました。
現在は「倉敷帆布」を中心に、外部のデザイナーを巻き込んだ多彩なラインナップで展開。本店・美観地区店・オンラインストアでの取り扱いが中心ですが、力を入れていきたいというのが、インターネットでの発信・販売だそう。オンラインで注文しやすいように、サイトの機能を少しずつ充実させていっているといいます。
しかし、時代の波に乗りながらも、あくまで「生地メーカーとしてすべきこと」を丁寧にやっていくと話すのは、株式会社バイストン取締役・武鑓美香さん。
「カスタマイズ」というニーズが高まっているのを感じています。最近急激に伸びているのは生地の切り売りで、ご自身で作られる方が増えています。セミ・オーダーメイドも、生地の厚みと色で多様なバリエーションがあり、お客さまの幅広いニーズに柔軟に応えられるので、少しずつ人気が高まっています。
こういった柔軟性を実現できるのも工場と職人さんたちありき。だからこそ、毎日どんなふうに作っているかインターネットでちゃんと伝わるように発信していきたいですし、そのためにも画面の向こうのお客さまと真剣に向き合っていかなければなりませんね。
現代化の中で失うものもあれば、現代化の波を味方にすることもできる ――時代を見極めながら、しなやかに成長する岡山県・倉敷産地の精神も、帆布づくりの技術とこだわりとともに、1600年代の昔から確かに受け継がれているのだと感じます。
それは、時代の流れで変化していくお客さまのことをしっかり見つめているからこそ成せること。使う人がいなければ、技術は廃れてしまうしかないのですから。
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